自分に甘いのは、当たり前

 仕事が終わり、高速を飛ばして家に帰る。
 マキの心は煮えくり返っていた。
「あの女…!」
 帰宅時間。たくさんの車が走っている。
 その中をマキの、アクセルを踏む足に力が入る。
 前を走る車。それが同僚の顔に被さる。苛立ちがつのる。
 それはマキが、同僚のユキコに“お説教”をしていた時だ。
 ユキコは子供がまだ小さい。保育園に預けてはいるものの、自宅が遠く、時短勤務をしている。
 1日に4時間の勤務。ユキコは、それが精一杯だと、話していた。
「あんたねえ」と、マキ。
「家が遠いんだったら、近くで仕事を探せばいいのよ。あそこなら、〇〇とかあるでしょう?」
 資格職であるマキ達は、その気になれば職場に困らない。
「そうですよねえ」と、曖昧な笑みを浮かべるユキコ。
 先輩であるマキには、逆らえない。そしてマキは、その乱暴な言葉使いと、何にでも口を出す無神経さで、煙たがられていた。
「大体さあ、ここにそんなにこだわる必要あんの?そんな働き方でさ、他の人の迷惑だよ
 遠くから電車乗り継いで来てんでしょ?そこまでする必要あんの?」
 ユキコは小さく頭を下げた。
「すみません、ご迷惑をおかけしてます」
「分かりゃいいんだけどさ。権利かもしれないけど、周りに迷惑なんだよ。
4時間でてきる仕事なんて、しれてるだろ?」
「はい、そうてすね。気をつけます」
 目に涙を浮かべながら、ユキコは言った。泣いてはいけない。泣くと、裏で何を言われるか、わからない。
 周りの同僚は、ハラハラしながら二人をみていた。ここで口を出し、ユキコを庇うと、マキはますます激高する。
 マキは、思ったことは口に出さないと気がすまない。そして、それが正義だと、固く信じている。
 頭を下げるユキコに、マキは満足して、大きな体を揺すりながら出ていった。

 マキが出ていって。後に、ユキコとリエが残された。
 ユキコは涙をそっと拭った。
 リエがティッシュを差し出す。
「あの人、いつもあんなんだから」と、リエ。
「一部の人に気に入られてるからね、何にでも公平だとか言われてね。
 物の言い方も乱暴だし。先輩でも、見下したら、ため口だしね。
 お気に入りには、優しいけどね。
 仕事だって、気に入ったものしかしないし」
 そこで、リエがため息をついた。
「前にね、同じ仕事を何度か振られたことがあって。
それが気に入らないって、上司に直談判したのよ。それでも気がおさまらなくて、自分の携帯に、その時のことを記録してるんだって」
 ユキコは大きく目を見開いた。
 リエが鼻で笑う。
「仕事は仕事なのにね。
あの人も小さな子供を抱えて、高速を飛ばして1時間くらいの所から来ているのにね。
 時短だって取ってるし。
 あんなに言うなら、自分も近くで探せば良いのにね。
 タイムカードも、適当に、誤魔化してるみたいよ。
 それが許される、ここもおかしいけどねえ」
「そうなんですか」と、ユキコ。
「あの人にはなるべく関わらない方が良いかもね。機嫌が悪い時とか、大変よ。当たり散らすから。
 人の事は指摘するけど、自分が言われると逆ギレするから。
サバサバしているように見えるけどねえ」 
そうですか、と力の抜けた声で答えるユキコ。
 リエがニコリと笑った。
「ま、お互い、気をつけようね」
 そして、マキ。
 マキはたまたま、部屋に戻ってきた。
 そこで、リエの声が耳に入り、入口で、聞き耳を立てていたのだ。
「あの女!」
 はらわたの煮えくり返る思いだった。
 部屋に入ってやろうかと思った。
 そして、人の悪口を言うなんて、卑怯なヤツだと、叫んでやろうかと思った。
 でも、マキは耐えた。
 ここで大声をだすと、他の同僚に聞こえる。
 マキを慕う同僚も多い。
 その同僚を手懐けておくためにも、表向きは、穏やかにしておかなければならない。
 マキは怒りで体を震わせるながら、その場を離れた。
 これも上司につけ口するべきか。
 いや、確かに“権利”は、“権利”なのだ。マキもそれは分かっている。
 でも。
 仕事のてきない、積極的でない人間が、“権利”たからと、ノウノウとしているのが許せないのだ。
「私は」と、マキは独り言ちた。
 私は誰よりも経験があるし、仕事ができる。仕事の情報も集めている。確かに、情報を集めている間、他の仕事はできない。でもそれが?私ほど、情報を集め活用できる者はいない。
 家も遠い。時短も少しだけ取っている。
 でも私は、ここに本当に必要な人間なのだ!
 マキの、怒りは凄まじい。
 その怒りは、リエに向かっていた。
 あいつをどうしてやろう!
 私を否定した、あの女!
 
 帰宅時間になった。
 ユキコは早い時間に帰宅している。
「お疲れ様」と言われたが、情報集めに夢中なフリをして、無視をした。
「お先に」
 マキが言った。
 皆が口々に「お疲れ様」と返す。
 その中には、リエもいた。
 マキはリエを一瞬、睨みつけた。
 こいつを許すことはてきない。絶対に、叩き潰してやる、と思いながら。
 その方法を、これからじつくりかんがえるのだ。
 



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