【連載小説】何も起こらない探偵事務所 #4
「みはる。ミイラって食ったことある?」
「あるよ」
「おっと、待って待って。どこで? 博物館? 河童寺?」
従兄弟の砂倉があっという間に情けない顔になったので、僕はぷうっと膨れて見せた。
ここはバーの居抜きの探偵事務所。
事件に巻きこまれがちだが解決しない探偵、砂倉渓一と、従兄弟でワトソン役の僕、三春智史の楽しい遊び場だ。
小型ノートPCから手を話し、僕は熱弁を振るう。
「いきなりひとを犯罪者にしないでよ。河童なんか食べたら不老不死になりそうじゃない。永遠に老いなかったら永遠に老人の気持ちがわからないし、老人主人公ものを書いても老人読者から『老いることの真の痛みを知らんくせに』とか言って本を壁にたたきつけられるんだろ? やだよ、そんなの」
「想定されてる老人読者がアグレッシブだなあ。投擲能力は人間が持つ優れた力のひとつだよ。鍛えれば有効な攻撃を繰り出せるけど、衰えやすいから老人読者が壁に本を投げて本を完全破壊できるかどうかは微妙なところだ。あと、食べて不老不死になるのは人魚だろ」
「誰も本を完全破壊してもらう前提で喋ってないよね? あと、河童も人魚も食べたくない。僕の好きなミイラは鯛です、鯛。鯵もいいけど、鯛は上品で美味しいよ」
「あー、なるほどね。美味しいよね、HIMONO」
「なんで英語発音した? 英語にひものないのに」
僕は毒々しく言い、砂倉はへらりと笑う。
「いやいや、みはるが犯罪者じゃなくてほっとしたんだよ。っていうかね、最近失踪した大学時代の知り合いがいるんだけど、そいつと失踪前に飲んでてさ」
「ちょっとちょっと、いきなり事件じゃない。起こってるじゃない。なんなの、最初からそういう話してよ。で、なんでミイラ? ひものでも食べたの? 失踪前の飲み屋で?」
僕は途端に姿勢を正し、PCに指を置き直してきりっと砂倉を見つめる。
砂倉はくたくた生地のシャツをなんとなーくいい感じに着こなして、バーカウンターに頬杖をついていた。
このなんとなーくの趣味の良さと、ぼけっとしてるのにどことなく意味深に見える笑顔は、実に探偵向きだと思う。このままカメラが入っても映えるもん。
「ひものはみはるが振った話でしょ。そうじゃなくてそいつ、ミイラがあるっていうんだよ。実家の蔵に」
「横溝!! サイコー! そのテイストそろそろ欲しかったんだ。で?」
「そいつがさ、『俺、ずっと河童って実在の生き物だと思ってたんだよ』って言うわけ。なんでまた、って訊いたら、『だって実家の蔵にミイラがあったんだよ。ガキのころはあれがとにかく怖かった』って笑うのね。ああ、それは信じちゃうよねえって思って」
「いやいやいや、信じませんよ。素直すぎだろ。で、続きは?」
「河童とか人魚とかのミイラは、いろんな動物を継ぎ合わせたお土産物とか民芸品みたいなもんだよ、って教えてあげたんだ。そしたら『うわっ、人魚もいないのかよ!!』とか頭抱えてた。人魚のミイラもあったんだって、そいつの実家。……この話、面白いよね?」
「面白いよ。面白いけど、それで終わり? もっと凄惨な話とかはないの? 河童とか人魚とかのミイラの横に、普通の人間のミイラとかがあったりしなかったの!?」
思わず身を乗り出した僕に向かって、砂倉は軽く手を振る。
「そんなことあったら、さすがに本人も気づくでしょ。ただ、鬼とかツチノコとか、とにかく架空の動物とか妖怪ミイラがいっぱいあったらしい。色々話した結果、『じゃあ、俺の家にあるものって基本、現実にはないもんなんだなあ……ほっとしたわ。ありがとな』って言って、彼は実家に帰っていきました」
「それで、失踪?」
「うん。まあ、そうね」
砂倉はぼんやりと言葉を濁す。
僕は腕を組み、PC画面を見つめる。打ち込まれているのはここまでの砂倉の話だ。悪くない。悪くはないんだけど、僕はうーん、と考えこんだ。
「んー、もうちょっと特殊な設定が欲しかったなあ。いくら横溝系って言ってももう2020年なわけでしょ。そのまんまだとありきたり気味。
でもま、ヒキとしては悪くないよ。そいつの家って、それだけ妖怪ミイラを集めてるのに公開してるわけでもないんだよね? さらに言えば、先祖の道楽だったって話も伝わってないっぽい。
さくらの知り合い本人は、ミイラたちが怖いものだって認識してた――ってことは、『ここには怖いものがあるから近づいちゃいけないよ』って言われてたのかもしれない」
「そうだねえ。家のひとたち、もしくはご先祖さまが、ミイラ以外の何かをそこに隠してた可能性はあるね」
「あるねじゃないよ、大ありだよ! 葉っぱを隠すなら森の中、白骨を隠すならお化け屋敷の中。妖怪は実在しなくても、妖怪のミイラは実在する、ってことはつまり、ミイラの材料は実在するわけですよ」
言っているうちにちょっと興奮してきた。ただでさえ大きい僕の目が、キラキラしている自覚がある。
うきうきしている僕の横で、砂倉はあくまでのんびり喋る。
「それはまあ、俺も考えてはみたんだよ。人間を材料にしたら、猿を材料にするよりリアルなミイラが出来るかもしれないからね」
「よーしよしよしよし、盛り上がってきたよ、僕が勝手に盛り上がってきたよ。決めた! ね、その実家ってどこ? 土日で行ける範囲なら僕、付き合うよ。一緒に押しかけよ。調査しよ! 探偵向けの事件だよ、これは!!」
いける、と踏んだ僕はスマホをとりだし、スケジュールを確認しはじめた。こういう事件は今のうちにこなしておくに限る。社会人になったら付き合いきれない。探偵の助手であり続けるためは、できるときにちょっとの無理をしておくべきだ。
ところが、僕がスケジュール帳を睨んでいるうちに、肝心の砂倉はずるずると傾いていき、しまいにはバーカウンターに顔を伏せてしまった。
彼はそのまま、くぐもった声でうめく。
「残念ながら~、それはやめたほうがいいんじゃないかなーと思う。だってそいつ、某超有名人魚アニメのヒロインキーホルダーつけてたんだよね~、鞄にさ……」
「えっ、普通に引くね」
「そう……? うーん、俺はそこでは引かなかったけど、なんでかなー、ちょっと珍しいかなーとは思ったんだよ。でも今思うと、あれは多分意味があったんだわ。居酒屋で俺がひもの頼んだときも、なんかちょっとすごい目で凝視してきたし。……彼、河童は怖かったけど、人魚は怖くなかったんじゃないかなあ」
「はあ!? さっきはひものなんか頼んでないって言ってたのに、頼んだの? ってことは、つまり、あれ? そのひとはひょっとして、その、人魚のミイラに……」
惚れてた、のかな?
いいコメントが浮かばずに、僕は黙って砂倉を見つめる。
砂倉は彫りの深い顔をますますカウンターに押しつけて、ますますつぶれた声を出した。
「そういうこと。だから俺は、旧家の蔵でしわしわになってる誰かの死体より、自分が殺しちゃった純愛にショックを受けてるの。あー……悪いことしたなあ……」
「待って待って待って、さくら、それで今回の事件を終わらせる気!? せっかくの探偵っぽい案件、ちゃんと事件にしようよ、調べようよ!!」
「調べるだけの気力が湧かない。傷ついてるんだ、深く。このショックを癒やすには、煮干し出汁ばりばりのラーメン食べないといけない気がするんだよなあ……」
「結局食い気じゃん! しかも懲りてないし!! 煮干しなんか鯛のひものどころじゃないよ、まさに大量虐殺だよ!? しかも汁しか使わないとか、どんだけ贅沢な殺魚者だよ。いい加減にしろよこのサイコパス! こんな話したら、うっかり僕も煮干し出汁の口になっちゃうでしょ!? ええい、もう!!」
僕は叫びながらバチバチとキーボードをぶったたいた。
砂倉渓一、こいつ、ほんとの本気で事件を事件にするのは苦手だけど、ひとをラーメンの口にするのは得意すぎる。僕は砂倉の話を書き写したファイルの最後に、
『ミイラとの恋、殺害事件、未解決』
と記入したのち、勢いよくPCを閉じたのだった。
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