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#小説
【連載小説】無限夜行 二.「夜を待つ人々」
列車の中は少し冷えていて、篭った空気の匂いがした。目が慣れてくるにつれて、少しずつ中の様子が見えてくる。
車両連結部分である通路は黄ばんだ裸電球が頼りない光を放っている。飴色になった古い木が各所に使われている車内は、優しいけれどどこか物寂しくもあった。もう取り壊された小学校の旧校舎がこんな感じだったかもしれない。
兄が手招きする方の車両に入ると、生暖かい風が顔に当たった。天井を見ると、二
【連載小説】無限夜行 三.「うしろの少女」
くすんだ茶色い羽の蝶が、電灯の周りをのろのろと飛んでいる。蝶ではなく蛾だ、と兄が呟いた。
「兄ちゃん、何か思い出した?」
兄は頬杖をつき、窓の外に広がる闇を遠い目で見つめている。
「いや…何でだろうな。さっぱりだ」
元来た場所が思い出せないのは、兄も同じだったのだ。
トンネルに入る前に見ていた景色。当たり前に毎日見ていたはずの景色。僕たち兄弟が育った街。父がいて、母がいて、学校の
【連載小説】無限夜行 四.「烏の街市場」
早送りのような速度で鈍色をした雲が流れてゆく。湿った土と木々の甘く腐ったような匂いが纏わりつく。過ぎ去った雨の匂いが残っている。
_________悠ちゃん、どうしたんだい
しわがれた声は、祖母のものだ。
_________千夏ちゃんと遊びに行くんじゃ、なかったのかい。
_________千夏ちゃんは一人で出てっちゃったんだよ。なんか、さっきケンカしてて。
_________
【連載小説】無限夜行 五.「蛍の辻」
列車は静かだった。あの賑やかな市場の喧騒は、夜という幕が下りると共に何事も無かったように消え去ってしまった。残されたのは半分以下に減った乗客と僕達三人。そして言いようも無い感情と肉体疲労だけだった。
僕は一人、八号車の寝台で横になっていた。未知の環境に対する緊張と全力疾走の疲れが一気に放出され、頭痛に襲われてしまったのだった。横になったところで不安が無くなる事は無いのだが、頭の痛さは少し和ら
【連載小説】無限夜行 六.「路地迷宮」
暗い夜の森の間を、十数人程度の乗客を乗せた列車は走る。カーブと揺れが多く、落ち着かない道だった。
少年は揺れを物ともせずに、先頭部の通路に両足を肩幅ほどに開いて立っている。吸い込まれそうな程に黒い短髪とシャツは、闇と同化していた。
「そこに居たんだな」
少年は呟く。声変わりを済ませた低音の声は、子供離れした威圧感があった。
僕はその二メートルほど後ろにいた。僕の兄である黒い少年は、
【連載小説】無限夜行 七.「列車と少年」
(今回はサムネネタバレ回避のため、本文までスペースを空けます。)
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深川啓介は孤独な少年だった。
誰よりも真面目で
【連載小説】無限夜行 八.「無限の夜を行く」(最終話)
(今回はサムネネタバレ回避のため、本文までスペースを空けます。)
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黒々と深い闇の中に、穴がひとつ開いた。人の頭一つ