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無印良品、群言堂、ハグオーワー、天然生活…美的感覚の転換点はどこにあるのかを考えてみる

「これが美しい」「これにときめく」「こっちはそうでもない」といった、自分の中の美的感覚は、いったいどこからきているのでしょうか。

日頃一緒に仕事をしているスタッフの中でも、似ているとはいえ微妙に「これがいい!」というのは違うし、もっと言えば我が家の双子の娘は、それこそ生まれる前から18歳までずーっと同じ家で同じように育ってきたのに、好きなもの・嫌いなものは全然違う。不思議だなあ…と思います。

専門的なことは分からないのですが、自分の中で「美的感覚が変わった」とはっきり意識した瞬間があります。それは、確か高校生の頃。

まだインターネットという存在さえなかった当時、田舎育ちの私にとって美的感覚を学ぶツールは雑誌しかありませんでした。
かわいいモデルさんが載っている「non-no」や「セブンティーン」を読んでは、「こんな感じの服、サンピア(当時車で40分くらいのところにあったデパート…だと思っていたけど今から考えたらダイエー系列のショッピングセンターでした)にあるかなあ」と夢を膨らませていた、15歳の私。

「何が美しいのか」は雑誌が、つまり私ではない別の誰かが決めるもの
で、自分の意志はそこにはありませんでした。

そこに、東京の私大に通っていた兄が夏休みで帰省してきたのです。

兄は部屋着として、とある有名ブランドのロゴが全面にどーんと描かれたTシャツを着ていました。私は「なんでブランド物のTシャツを部屋で着て、外で着ないんだろう」と心底不思議に思い、「部屋でしか着ないならそのTシャツちょうだいよ」と兄に聞いてみました。すると兄は「別にいいけど、あのな、こういうのを外で着るなんて、ダサいんだよ」と言ったのです。

ブランド物のTシャツを着て外を歩くのがダサい…??当時の私にはその発想がまったく理解できなかったし、何を言わんとしているのかも分からなかったので、兄の忠告を無視してそのTシャツを着てガンガン外出していたのですが、ふとある時「ああ、こうやってブランド物ですよ!ってアピールしまくっているようなものを高校生が着ている、という姿勢がダサいということなのかな」となんとなく理解し、以来そのTシャツはやっぱり部屋着として使われることになったのでした。

もちろん、ブランド物の服を着ることは自らを奮い立たせてくれるし、値段が高いのにはきちんと理由があるのだということも今では理解できるのですが、そういう背景も分からないのに、ただブランドだからってデカいロゴをつけて街を歩くなんてダサいんだよ、ということを、兄は言おうとしたのかなと思います。

思えばあの瞬間、Tシャツを渡しながら兄が言ったひと言が、私の美的感覚の転換点だったのでした。

そうか、雑誌がいいと言っていても、それをいいと思うかどうかは、私が決めていいんだ、と

でも、思えば兄だって最初からそんな美的感覚を持っていたわけではなく、たぶんダサダサの状態で東京に行ったんだと思う。そこでいろんな人に出会い、たくさんの情報を得て、自分なりの「これは美しい、これはダサい」というのを見定めていったんじゃないかな。

ネットが発達していなかった当時だからこそ、しっかりと自分の眼で審美眼を磨いていったんだと思います。


振り返るとそれ以降も、自分自身の美的感覚を変えるきっかけになったものがいくつかあるので、ちょっとご紹介しますね。


◎無印良品 …服もインテリアもシンプルでそぎ落とされたもので成立し得るんだ、ということを学びました。印がないということが印になる、というのは革命だなあ、と今でも思います。また、収納をコーディネートするというのも無印で初めて知った気がします。自分の家づくりの時も、無印良品の収納がスペースの基準になりました。何か新しいものを買うとき、まず無印のサイトを見る、という方も多いのではないでしょうか。


◎ハグオーワー …子どもが産まれ、なかなか着せたいと思う服がない、と思ったとき、当時読んでいた雑誌で雅姫さんのことを知り、当時立ち上げられたばかりのハグオーワーの子供服を見て、「ああこれだ!」と胸がときめきました。自由が丘のお店に、まだよちよち歩きの子どもたちを連れて出かけたときのことは今でも鮮明に覚えています。「子どもだからこういうのでいいでしょ」という当時の流れを完全に振り切った色使いやデザイン、裏地に気を遣った布合わせなど、刺激しかなかった!雅姫さんからはインテリアについても多くのことを学び、アンティークやうつわ選びなど、本当に多くの場面で影響を受けました。当時真似して買ったものは、今でも家で愛用しています。雅姫さんが出身地である秋田のことを誇りに思っておられたようすも、思えばくらしアトリエの原点につながっていると思います。


◎群言堂 …島根県大田市の石見銀山から発信されているブランドです。

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お祝いのお返しに頂いたのがたまたま群言堂のもので、かわいい!これが島根のものなの?とびっくりしたのを覚えています。

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銀山にあるお店に初めて行ったとき、田舎がこんなに素敵に演出できるなんて…、と、まさに目からウロコ状態でした。試験管に炭と植物を入れて、布をあしらって飾る…石や木の枝を使って飾る。それも安っぽくなく、自然の素材とインテリアの調和の「さりげない」演出。和食器の魅力や、道具に対する審美眼、布や紙を上手に使った暮らしなど、やはり多く影響を受けています。↓

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こんな感じで、くらしアトリエの自然素材を使ったあしらいは、群言堂さんの影響を受けています。


◎雑誌「天然生活」 …「こんな風に暮らしたい」という、生活の指標をある意味具現化してくれた雑誌。和も洋も超越した心地よさを「天然」という言葉で表現したのはすごいなあ、と思います。写真の撮り方、料理の盛り付け方など、影響を受けた人は多いのではないでしょうか。自然で素敵なライフスタイルを「見える化」した雑誌として、「そうそう、そういう暮らしが素敵ってことなんだよね〜!」とうなずいた人も多かったのではないかと思います。


…そんないろんな転換点、紆余曲折を経て、自分なりの「これが美しい」というパターンが形成されていったように思います。きっと皆さんも同じですよね。

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今は、スマホでいつどんな場所でも自由に、ほぼ無限の情報を受け取ることができます。昔のように自らいろいろなところに出かけていかなくても、勝手に「これも好きではありませんか?」と予想したアイテムがスマホに表れる、そんな便利な時代になりました。

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結果、「私はこれが好き!」というのが選びやすい反面、「みんながこれがいいと言っているから」という圧のようなものも、以前よりも拡大している気がします。


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そんな時代だからこそ、何が自分の美的感覚を育ててきたのか・なぜそれが美しいと考えるのか、一度立ち止まって考えてみるのも良いのではないでしょうか。

周りをじっくり見つめてみると、自分なりの「美しい」をとらえる基準が見えてくるかもしれせんね。



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