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あなたの地域のお盆はどんな感じ?サークルの宿題から文化を考える。

くらしアトリエの夏季休業の間、オンラインサークル「くらしの学校」もお休みをいただいていたのですが、休みに入る前に「宿題」を出していました。

※オンラインサークル「くらしの学校」は、暮らしと地域について多角的な視点から学び合うことを目的にしたサークルです。暮らしとリンクしたテーマを中心に楽しく(時に真面目に)記事を投稿しており、不定期でテーマを定めた「宿題」を提出してもらっています。

今回のテーマはずばり「お盆について」。

「お住まいの地域や、生まれ育った地域のお盆のあれこれ」について自由に語り、まとめてください。

というお題です。

お盆の行事は日本の夏と直結しています。地域ごと、またご家庭ごとでさまざまな違いがあるんじゃないか、それを紹介し合って知識を高めよう、というもの。

自分でも提出したのですが、メンバーの皆さんからいろいろな解答があって、とても興味深く読ませていただきました。

一部ですがご紹介しますね。

◎幼い頃は浴衣を着て提灯を手に持ち、お墓参りをした
◎盆提灯がきれいで、幼心に「ずっと飾っていたらいいのに」と思っていた
◎結婚した先が7月にお盆があり驚いた
◎お盆の時期に黒トンボが飛んで来たらそれはご先祖様が姿を変えて帰ってこられているということだ、と聞いた →別の地域では「クロアゲハ」がご先祖様だとされている
◎迎え火を点けて焚いている時に、平たい金物(名称不明)を「カンカンカンカン」と叩きお念仏を唱えながらお迎えする。地域のあちこちでこの音が聞こえる
◎お盆のあとに「地蔵盆」があり、地域の大切な行事になっている
◎海のそばで育ったので、極楽は海の向こうにあるとされ、初盆の家は船大工に小さな船を作ってもらって、沖へ流す行事がある

…などなど。

分かる!というものから、まったく想像できない、というものまで、いろいろなお盆の風景が並びました。

例えば、私が3年間暮らした島根県西ノ島町には「シャーラ船行事」というのがあり、8月16日の早朝に大きな手作りの船にお供え物を乗せ、沖へ向かって流します。

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(写真は「島根県観光写真ギャラリー」より)

同じ隠岐諸島の隠岐の島町にも船流しの行事が残っていて、その船には「西方丸」と名前がつけられている、と「京見屋分店」さんのブログに書いてあったのですが、私が生まれ育った鳥取県でも同じように船流しをする行事があり、その船にも「西方丸」と名前がついているので、「これだけ離れていても同じ名前なんだ!」とびっくりしました!そう言えば、「鳥取から流したお盆の船が隠岐にたどり着いたことがあるらしい」というのを聞いたことがあるので、古くから交流もあったのかもしれませんね。

(ちなみに「西方丸」の「西方」は言わずと知れた「西方浄土」から来ています。海の向こうにあの世があった、という民間信仰と仏教行事とが結びついているのです。)


お盆の行事をきちんと行う、というのはおそらく地方住まいの方に多いのではと思います。お墓が比較的身近にあり、日頃からご先祖様の存在を近いところに感じている…田舎に行けば行くほど、そういう家が多いように感じます。

「お盆=会社が休みになる日」だったり、「家族でレジャーに行くことのできる連休」という意味合いでとらえている人も多いでしょう(それも家族の素敵なあり方のひとつです)。
だから、お盆を満喫するのはある意味、特別なことなのかもしれません。

以前、娘とお盆に親戚の家に行ったときのことです。
お墓参りを済ませ、仏壇を拝んで、「まあまあお茶でも」的なおもてなしを受けていたとき、それぞれの実家でのお盆のやり方に話が及びました。

「うちの実家は16日の夕方までがお盆ですね」と言うと、「こっちでは16日の朝でお盆は終わりだよ」と言われて、朝に帰られるなんて清々しいな…と思ったり。お団子を作ったりすることは共通していたけれど、微妙に違うやり方もあって、とても興味深かったのですが、それを聞いていた娘が

「お盆に何するかとか、お墓参りの仕方とか、全然わからない。人がやってるのを見て同じようになぞってるだけで、何にも知らないなあって思う」

と言っていたのです。

そう言われてみれば、きちんと「お盆とはご先祖様があの世から戻って…」とか、「お墓参りはこうやって」みたいな話を家族でしたことはありません。

でも、誰に教わるでもなくふんわりと次世代へ伝わっていく、人のやっていることを見て、それがだんだんと自分の仕草になっていく、そういうことの連鎖で民俗行事は続いていっているんだと思います。その積み重ねが「文化」になっていくのだと思うと、子どもの頃の娘たちにもっとそういう機会を持たせてあげればよかったな、と少し悔やまれます。

私自身も、どちらかと言うと母親よりも祖母がいろいろと立ち働いているのを小さな頃から見ていて、「これ持っていって」「ここに入れて」と手伝わされて、なんとなく行事の全貌をなぞることができていたんだ、と、今回あらためていろいろと思い出しました。

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幼い頃からそうやって体にしみこんでいったお盆の雰囲気、空気感のようなものは、ずっと自分自身に残っています。だから、特に信心深いわけではないし、非科学的なことはほぼ信じないのに、「お盆にご先祖様が帰ってくる」というファンタジーはすんなりと思考に入ってくるんだと思います。

今はコロナ禍だし、子どもたちはとても忙しく、腰を据えていろんな行事ごとなんかを見る機会も減っているのですが、やはり直接その場にいて、周りの人びとの行いを見てそれを自分のものにしていく、というところから文化が伝えられていくんじゃないか、というのが、今回メンバーの皆さんの宿題を読みながら感じたことでした。

誰かから命令されているわけでもないのにちゃんと代々受け継がれていることで、「民俗行事」のすごさを思い知らされますね。

そして何より宿題から感じたのは、「お盆=家族や親せき、地域で集い、賑やかに楽しむ」という構図が全国どこでも同じように見られる、ということです。それってすごいことですよね。

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わいわいと声が聴こえてきそうな、情景が浮かぶような解答がたくさんあって、でもやっぱり「この2年は集まれておらず残念です」と書き添えられていて。大切な人たちと会えないというのは本当に寂しいことです。

この2年の間に、なくなってしまった行事もあるだろうし、来年以降も「なくてもいいんじゃない?」と淘汰されてしまうものも出てくるかもしれない。おまつりや民間信仰、民俗行事は往々にして「非合理的」だからです。

でも、確かに「必ず必要なもの」ではないかもしれないけど、必要じゃないものによって人は癒やされ、喜びを感じ、安心感を得てきたんじゃないかとも思います。

大きな時代の波に流されて失ってしまう文化もあるかもしれませんが、せめて「我が家のお盆」をひとつひとつの家族が守り継いでいくことで、保たれる文化もあると思います。

それぞれが自分の家の行事を受け継いだ結果が、宿題に見られた「それぞれのお盆の風景」になっているのだから。

来年はもう少し、それぞれの家のお盆行事について真剣に向き合い、娘たちが帰ってくることができていたなら、少しずつ伝えていきたいなあ、と感じた、今回の宿題でした。


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