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近頃の若者は世界征服なんて夢を見ない(6)

第1話はこちら

前回までのあらすじ~

世界に平和と笑顔を届ける「正義の秘密結社」が日本を統治するようになって50年。

「悪のフリーランサー」であるブラディメアリ、エイトビット、レイヴンの三人は、秘密結社GSMの洋上パーティ会場に乗り込み、要人の娘・チエを誘拐した。

チエの監視にレイヴンを残し、メアリ、エイトビットの二人は治外法権都市横浜に足を踏み入れた。

~悪~

 ビルの一階は古びた質屋が入っていた。シャッターが降りていて中の様子はわからない。その脇を通り抜け、ブラディメアリとエイトビットはエレベータに乗り込んだ。

 八階のボタンを押すと、静かに扉が閉まった。

「にしてもいったい何のつもりなのかしら、急に呼びつけたりして。報酬の話だったら面倒だなぁ」

 二人は「悪のフリーランサー」であり、いわゆる「悪の組織」から依頼を受けて悪事をこなす。その生活は以来の報酬で成り立っているというわけだ。

 組織に属さない理由は様々だが、「悪の組織」の掲げるような野望が肌に合わないというのが最もよく聞かれる理由の一つ。メアリもそうだった。

 世界征服、人類絶滅、統一生命体への進化……なんとまあ魅力的なイシューだろうか!

 そんな夢物語のために命をかけるより、メアリは思う。一銭でも多くのギャランティ、それが一番ではないか。

 野望で腹は膨れない。

 そんな考えを現実主義者だと笑うものたちもいるが、現実を考えずになにを考えればいいんだろうとメアリは言いたかった。もとより現実しか知らない。夢を見るのは寝てる時だけで十分だった。

「緊急の要件、とのことでしたが。どちらにせよもう我々の仕事は済んでいるのですから今更なにを言われる筋合いもないでしょう。ふてぶてしくしてればいいんですよ、悪党らしく」

「悪党なのは向こうも一緒だけど……」

 仕事というのは、先日に彼女たちが決行した要人の娘の誘拐のことだ。それは全て、依頼人の要請に従って行われたものだった。

「まあ、純然たる悪党という感じでもありませんでしたけど。前にあった時は、どちらかといえば普通のサラリーマンという風態でしたし」

 そう言われてメアリは数日前の記憶を思い出す。

 その日、エイトビット、レイヴンと共に、彼女は横浜の小汚いバーでその人物と落ち合っていた。

「いいでしょう、ご説明しましょう! 私の目的は単純明快、GSMから身代金を分捕ることでしょう!」

 若々しいサラリーマン。エイトビットが言ったように、メアリの記憶の中の男も確かにそんな風だった。近頃流行りのワンマン型「悪の組織」のボスだとかで、てっきり交渉の場には部下が来ると思っていたメアリは少し驚かされた。

「GSMはテロには屈しないと公式に声明を出している。それは少し無謀なんじゃないか」

 そう疑問を呈したのはレイヴンだった。彼は腐っても年長者で知識は豊富にある。

「そうでしょう疑問に思うでしょう。重要なのは、いいでしょうか? 組織を狙うのではなく個人を狙うということでしょう。つまり……組織を動かせる権限を持った個人を、でしょうね」

「でもGSMの要人には恐ろしいボディガードが付いていて生半可な悪党じゃ手が出せないと聞くわ。何か手はあるの?」

「それがなければ……こうした話はしないでしょう?」

 その手というやつが、現日本支部局長の娘・チエだった。彼がどこからその情報を仕入れたのかは謎だったが、メアリたちに選択の余地はなかった。

 なにせGSMを相手取るのだから、成功すれば莫大な報酬と共に名が売れる。一方で名うてのフリーランサーは皆、例の「ボディガード」を恐れて乗ってこない。

ーーまあ、そりゃ正しい判断よね。あの「猟犬」について知ってたなら、私だって断ってた。

 とはいえ当時のメアリには知る由もなく、貴重な名を挙げるチャンスのために依頼を受けたわけだった。

「それがいったい何の用なのよ……今更やっぱり身代金なんて取れませんでしたって言われたって絶対仕事分の金は払わせてやるんだから」

 語尾を荒げ、メアリは振り返る。

「ねえエイトビット、あんたはどうおも……う……」

 そして、メアリは見た。

 正確には……彼女はなにも見なかった。
 
「なに……変な冗談やめなさいよ……」

 小さな箱の中に乗り込んだ二人。そのうち片方、長い髪の女は気がつく。上昇する小さな箱の中、呆然と立ち尽くしているのは彼女一人だけだった。

 エイトビットは、いつのまにか消えていた。

 そして思えばエレベーターに乗り込んでから随分と長い時間が経っていたことにメアリは気がつく。もうとっくに上についていてもいいはずなくらいの時間だ。

「なんなの、どういうことなのよ……!」

 現在の回数を表示するランプは一階から八階の全てが無作為に付いたり消えたりしている。地獄か夢かのような現象。なにが起こっているのか、彼女にはまるでわからない。

 わからないが、この現象の原因がなんなのかは、彼女にはよくわかっていた。

 敵だ。

 何故だかはともかく、今自分は敵の術中にある……!

「ああ、もう、私の人生こんなんばっかし!」

 メアリの絶叫を、無機質なエレベータの駆動音がかき消した。

つづく

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