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近頃の若者は世界征服なんて夢を見ない(1)

~あらすじ~

世界に平和と笑顔を届ける「正義の秘密結社」が日本を統治するようになって50年。

群雄割拠する悪の組織たちは未だに求人広告に「目標:世界征服」なんて載せている。

そんなものより欲しいのは高時給・好待遇。悪党だって人間だ。


だから若手の悪党たちはめいめいささやかな夢を目指して「悪のフリーランサー」となり暗躍する。

世界も、破滅も、知ったことじゃない。彼らは明日の夕飯代が欲しいだけなのだ。

~悪~


『DING! DONG! DING! DONG!』


 派手な目覚まし音がインカム越しに響き、コンタクト・スクリーン上の計画実行までの時間を刻むタイマーの表示が残り10分を切った。


 初め、エイトビットが設定した時間は14400分。その時にその場にいた誰もが永遠みたいな時間のように感じた10日間は、実に瞬く間に過ぎ去った……。


 用意は周到に行われ、そして今、彼らは洋上にいる。船上にいる。そしてこの地はまもなく戦場になる……予定だった!


「二人とも、覚悟はできてる?」


 無線越し、ブラディメアリがエイトビットとレイヴンに確認する。


 だだっ広い船上パーティ会場は豪奢な装飾の中で喧騒を貪り食うのに夢中。その参加者の多くは貼り付けたような笑みを浮かべて世界平和を唱和する。それは比喩ではなく……ここは世界平和教団の中でも特に熱心な信者の方々だけが招待される特別な場。ブラディメアリは、周囲の会話を小耳に挟むたびに「反吐が出そう」って気分になる。


『メアリ、覚悟が必要な段階はとうに過ぎ去ったんですよ』


 会場から少し離れた薄暗い船室で一人、エイトビットが静かに言う。その視線は手元のゲーム画面に釘付けだが、本当のところこの少年の瞳がなにを見つめているのかは誰にもわからないのだ。


「む、歳下のくせに偉そう」


『なんですか。歳上なら偉いんですか。それは積み重ねてきた年齢以外に何の‘誇れるもの(プライド)’もない人の理屈です。ねえ、レイヴン?』


『なぜ俺にふる』


『別に。アラフォー小悪党というステータスにより歳上だからといってこれポッチも偉くないことを言葉なくして証明していらっしゃるので』


『ぜんぜん‘別に’じゃねえじゃねえか!』


『別に』


 レイヴンとエイトビットは父と子くらいの歳の差がある。けれど当のエイトビットは少しだって恐れたりはしない。むしろ「怒ったなら相手しますよ?」とでも言いたげな姿勢を崩さない。


 それは、この少年は特に意味もなく敵を増やすのが特技だからというのが一つ。それにレイヴンはけして二人に逆らうことはないとよく理解しているのがもう一つ。だって彼は――一番の下っ端だから。


「ね、大事な時に喧嘩はやめて。はあ。嫌んなるよ。一応協力関係は対等! エイトビット、わかってる?」


『歳下のくせにって言い始めたのは自分ですよ』


「それは……もう、わかったよ。謝る。でもさ、しくじる訳にはいかないのはあんたもでしょ。私達みたいな名無しのフリーランサーが独占できる山なんて超超超ちょーーーーう貴重なの、肝に銘じといてよね」


『しくじらなければの話ですが』


「だからそのためにも強調が大事って話してんだろうが!」


 ブツン! 無線を切る。


「ああ、こんなことなら私だって大手に頭下げときゃよかった……でも世界征服とかやりたくねーよ……何が悪の帝国だよ……ああ、私の人生プラン、こんなはずじゃないのに……!」


 そんなことを言ってもどうしようもなかった。ここは洋上、常在戦場。渡る世間は敵だらけ。壇上に立ちスピーチをする男、料理をとりわけ談笑するものたち、みな全てがGSMの人間だ。メアリたち「悪党」にとっては最大の敵。ここは「正義の組織」グローバルスマイルカンパニーの慰問パーティ会場なのだから。


 逃げ場?


 そんなものはどこにもない。


 どこを見たって清潔な白いスーツ。欠かさない仮面みたいな笑顔。一様に整えられた髪型と物腰。世界を秩序付けているGSMに標準の人間パーツだらけ。


 メアリもまたそれに扮している。と言ってもその姿はいつものタンクトップにデニムホットパンツだが、周囲から視える姿は確かに正装。エイトビットの誇り(プライド)――「現実と区別する必要なんて無い(ヴァーチャルインサニティ)」は正義の組織主催のパーティに悪党がのこのこ三人、正体を隠して参加するくらいは朝飯前にやってのけるというわけだった。だからこそ二人はあの敏腕少年には逆らえないのだが。


「あいつが売れない理由、絶対に性格に難ありだからだろーなぁ」


 それは正しい。


『DING! DONG! DING! DONG!』


 再びアラームがなる。計画実行1分前の合図だ。


 メアリは息を飲む。心臓がキュッと締め付けられるような感覚。腕を掴む爪が食い込み、脳を刺激する。


――覚悟が必要な段階はとっくに過ぎた、ね。


 壇上でスピーチをしていた男が退場し、司会が次なるプログラムを告げる。


「えー、長らくお待たせしました。これよりGSM日本支部局長によるご挨拶でございます!」


 しん、と会場の喧騒が一瞬引き波のように失せる。ついで万雷の拍手と共に、やはり純白のスーツに身を包んだ初老の男がキビキビとした足取りで登場した。その少し後ろから厳しいSPが数人ついている。もちろんただのSPではない。すべてGSMに忠誠を誓う「正義の味方」たちだ。みなクローンのように似通った格好。本当にクローンなわけではない。それがなおさらメアリには不気味だった。


 一つ咳払いをし、男は何事か告げようとした。誰もがその様子を見守っていた。正に、その時であった。


『Show Must Go On!』


 アラームが時刻を告げ、全くその場にいる誰もが――メアリを除いて――予想打にしない横殴りの衝撃を受けた。船が傾いたような。そして地の底から響くような、そこは洋上だが、轟音が会場に響く。照明が慌ただしく明滅し、蜂の巣をつついたように参加者たちに動揺とざわめきが一瞬にして広がった。


「な、こ、これは!? 皆様、どうか落ち着いて――」


 響く司会の声が消える。マイクの電源が落ちたのだ。


 否、マイクだけではない。


 流れていた調和的音楽、照明までもが一斉にこの空間から消えた。地獄の釜の中に放り込まれたかのようなざわめきだけが支配する闇が到来し、そして闇は打ち払われる。照明はすぐに回復した。視覚が奪われていたのはほんの数秒にすぎなかったらしい。


「なっ――」


 けれどもその数秒の間に、人々は、


「局長!」


「貴様、何者だ!」


 自分たちがただならぬカオスに足を取られたことに気がつくのだ……!


「はじめまして、私はブラディメアリ。ラブリーチャーミーな敵役(かたきやく)、ですわ」


 ぬるりと輝く刃の光が覗いた。

つづく

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