今年もm-1準々決勝で敗退しました。 例年よりキツイです、準々決勝のネタは、一年半くらい寝かして出したからです。個人的にはコクがあるネタで。 しかし、トップバッターであれだけやれたらすごいよ、と言う言葉もありました、でも、それは、あくまでトップバッターの中で役割を満たしてくれてありがとう、という意味合いです、悔しいです。 準決勝のメンバーみたら、一新されていて、そこのスタートに食い込まなければいけないよな、というような感じもしました。 悔しいです。 どうするのよ、と
お疲れ様です。 お久しぶりです。 くらげ、渡辺です。 僕はNSC東京17期、芸歴で言うと10年目になります。同期はオズワルド、空気階段、コットン、蛙亭、ガーリィレコードチャンネル、などなど、素晴らしい実力者の中に紛れて、くらげというコンビで主に漫才をしています。 現在は2月。 このnoteを書こうかなぁと思った時期というのは、M-1準々決勝で敗退した直後。11月20日程。 賞レース敗退直後というのは漫才師にとって一番免疫力が下がっている瞬間。 RPGでいう、H
フィクションです。 「雨降らなくてよかった。」 声に出ていた。 声に出ていたことに笑ってしまった。 すぐに笑うのをやめ、 「まだ来てないよな。」 周りを確認する。 腕時計で時間を見た。 現在17時。 待ち合わせは18時。 委員長のことだから、30分前には集合場所にいるかもしれない。だからこその1時間前行動。それが項を奏した。委員長を待たせることはしたくない。あとは待つだけ。 今のところノーミスだ。かなり序盤だけど。 男として集合場所に先にいる、そんな女
お疲れ様です。くらげ、渡辺です。 前々回のnoteに記述させていただいた「元カノとの話」が非常に好評でした。好評という表現が正しいのかは、わかりません。なぜなら、元カノとのエピソードをほぼそのまま記述しただけなので、 「なんか泣いちゃいました」 「小説みたいですね」 「文章の書き方が好き」 「会話がめちゃくちゃリアルでゾクゾクした」 などの勿体無いお褒めの言葉をいただきました。 なので、元カノとのエピソードでnoteに記述するまでではないかな、と判断した思い出を
お疲れ様です。くらげ、渡辺です。 ここ最近noteを書かせていただきました。 それは自分自身の芸人人生を振り返ったということでもありました。 「やめていった同期の話」では本当にしょうもないな、コイツ!!と自分自身思いました。また周りの人間に恵まれてるなと思い、感謝の気持ちを改めて持とうと認識しました。 「元カノの話」では、当時住んでたアパートの情景や元カノの声や仕草などを思い出し、ノスタルジックな気持ちになりました。また当時の彼女が吸ってたタバコの銘柄が「ぺシェ」から
お疲れ様です。くらげ、渡辺です。 気がつけば東京に出てきて10年目。芸歴は9年目になります。芸歴9年目というのは、中々に芸歴を積み上げてるように見えます。しかし、それは1年目からそれなりに劇場に出番があり、それを8年積み上げてきた芸人。それが、ちゃんとした芸歴9年目になると思うのです。 しかし、僕は上記の様な芸人に当てはまらず、芸歴をぎゅっとしたら、実質4年目くらいだと思います。なので少し時期ごとに分かりやすくしてみました。 2011年に吉本の養成所、NSCに入学。当時
お疲れ様です。芸歴9年目くらげ渡辺31歳です。 何年前か、さだかではないけれど、彼女がいました。 たぶん、2012年か、2013年の冬のどちらか。 2回目となるnoteはそんな元カノとの出会い、エピソード、なぜ別れることにいたったのか?を記述したいと思います。ノンフィクションな下ネタ要素もあります。 よろしくお願いいたします。 当時僕は、ギャンブルが好きだった。 上でも述べたように、2012年か2013年の記憶。芸歴は1、2年目。月にライブが2本だけあり、それ以外
お疲れ様です。僕は吉本興業株式会社で芸人やらせていただいてます。くらげ渡辺というものです。 今回はnoteに手を出してみました。先輩や同期がnoteを始め、普通に購入して「いやぁおもしろかったなぁ」と思うばかり、特に先輩のnoteを購入し「為になったな。まじで。」と先輩のネタに関する重要な考えなどをメモったりしたんです。noteをノートに書いてました。 ただ僕は芸人としても、漫才師としても未熟も未熟。なので自身の芸人論、漫才論など求められるわけもなく。 なので、わたくし