フィクション


フィクションです。




「雨降らなくてよかった。」

声に出ていた。

声に出ていたことに笑ってしまった。

すぐに笑うのをやめ、


「まだ来てないよな。」

周りを確認する。

腕時計で時間を見た。

現在17時。

待ち合わせは18時。

委員長のことだから、30分前には集合場所にいるかもしれない。だからこその1時間前行動。それが項を奏した。委員長を待たせることはしたくない。あとは待つだけ。

今のところノーミスだ。かなり序盤だけど。

男として集合場所に先にいる、そんな女性に対しプラスに働かせたいという気持ちからではない。単純に委員長を待たせたくない、そんな気持ちが原動力の1時間前行動だった。



お祭り特有の遠くで聞こえる太鼓の音なのか、自分の心臓の鼓動なのか理解できないほど自分が高揚しているのがわかる。

舞い上がってはいないと思う。

ただ、こんなにも心臓がドキドキしているのはいつ以来だろう。自分が怪我をする前は、緊張と向き合うことなんかざらにあった。でもこれはちょっと種類が違う。


マウンドに立っているときの心臓の高ぶりとは違う。





中学生の時それなりに球の速い投手だった。そして、それなりの高校から野球推薦があった。ただ自分がプロ野球選手になれないことも15歳の時には理解していた。

名門校に入り野球ばかりの青春も嫌だった。

だから野球推薦は断り、一番家から近い高校に入学し、野球部に入った。そこではかなりちやほやされた。

そりゃ弱小校だもの。

一年から130㎞の速球を投げれたら皆驚く。変化球はカーブのみだが。

毎年地区予選一回戦負け、二回戦に進出したら万々歳。

甲子園出場なんてめっそうもない。

そんな高校の野球部。

一年からエースだった。

高校で野球を一生懸命やり、近年のその高校の中では良い成績をあげ、就職に有利になればいいな、くらいのモチベーションだった。

僕一人で投げきる試合が当たり前だった。

そして二年、夏の予選四回戦。四回戦に進出するのは35年ぶりの快挙だった。監督も教師も、野球に興味の無い生徒も少し興奮していた。

「甲子園が見えてきたんじゃないのぉ?」

「いえ、全然ですよぉ。」

明らかに天狗だった。

一年からエースの僕にこんな絡み方をしてくる教師や友達が沢山いた。

僕の高校ではそれだけ快挙的なことだった。

夏の予選、四回戦からシードの高校と当たることになる。

明らかに雰囲気が違う。

こちらと、クラブ活動レベルでやってる野球部。

名門校は甲子園は勿論、プロを目指して野球をしている選手もいる。プロに行けなくともノンプロ、実業団、企業の野球チーム、野球がこの先の人生に懸かっている。

ユニフォームの着こなし、目付き、掛け声のトーン、名門校とはそれだけで威圧感がある。


だがこっちの高校にも有利に働く点があった。

「負けて元々」の精神。

負けても責められない。良い勝負をしたら褒められる。勝ったら大金星。称賛されるだろう。

そんなことがあってか、接戦になった。

その時の僕は恐ろしく調子が良かった。

ストレートも走ってるし、変化球もコーナーに決まる。味方のエラーとパスボールで失った1点のみ。そしてこちらも相手チームのエラーと盗塁とスクイズで、奇跡的に1点をとることが出来た。相手チームのエラーした選手は交代させられていた。

層が厚いからいくらでも代わりはいるという士気の高め方なんだろう。

7回終わって1対1の同点。

打者は高校通算38ホームランのプロ注目の4番の選手。

2ストライクと追い込み、変化球で目を散らしながら、最高のストレートをインハイに投げ込んだ。


ボールはライトスタンドに飛び込んでいった。


相手チーム応援団の歓声が沸き上がる。


そして自分の右腕がうまく動かないことに気づいた。




僕は肩を壊した。




そこから先は無残だった。

投手をやったことない先輩がマウンドに上がり、6点を失いコールドが成立した。

ベンチ裏で三年生が泣いている。三年生はみんな僕に「ありがとう。」という言葉をくれた。「お前がいなかったらここまでこれなかった。」という言葉もくれた。

僕はなにも言えなかった。コールドで負けているのに。

最後までロッカールームにいた。監督に呼ばれ正気に戻り、荷物を持って移動しようとした。

目の前に鏡があった。アイシングをしながら涙目になって立っている自分の姿があった。


「ちやほやされることに気持ちよくなってるからだよ。」

「お前も名門校に行って野球やってたらさ、もっとレベルの高い仲間に囲まれてさ、他の投手も沢山いてさ、自分を削ってまでマウンドに上がらなくて、肩も壊さずにすんだんじゃないのか。」


「馬鹿だと思うよ。」


鏡の中の自分が、そう言った気がした。





野球部を辞めてから髪を伸ばしたりもした。

タバコも覚えたりした。

バイクに乗ったりもした。

壊した肩を触るのが癖だった。

野球部に在籍している時はヒーローに近い存在だった。授業中寝ても教師が黙認してくれていた。部活が大変だからな、の一言で済ませてくれ、僕には問題が当たらないようにしてくれた。早弁をしても笑って許してくれていた。


野球部を辞めてからは、許されていた全てのことが注意の対象になった。


そして注意もされなくなった。かつて話しかけてくれていた友達、野球部の同級生に腫れ物のように扱われた。ただ、それに僕も慣れはじめていた。

僕という人間ではなく、野球をやっている僕が求められていたんだと理解した。そして自分は野球が好きだったのだと、ここで初めて痛感した。


誰とも喋ることなく出席だけして時間になって帰宅する。そんな一日が当たり前になっていた。


そして三年になった。


「ねぇ、進路調査表出してないの君だけなんだよね。」

珍しく学校で話しかけられた。ざわついていた教室が急に静かになる。


「多分俺の進路なんかさ、確実に教師連中はどうでもいいと思うよ。」


「多分のあとに確実とかつけないの。矛盾してる。」


そこなんだ。

どうでも良くないよ。とか言ってくるのかなと思ったが、そこを訂正してくるあたりこの女は委員長だなと思った。

委員長の女は珍しい人間だった。腫れ物の僕に堂々と話しかけてくる時点でその片鱗は十分。

「とにかく早く出してね。回収するの私だからさ。」

「わかったよ。」

「うん。明日までね。」

会話が終わり委員長が席についた。教室がいつものようにざわつき始めた。


自宅に帰り机に向かった。

進路なんか考えてなかった。

とりあえず大学か?いや、とりあえずなんか無いよな。就職か。やりたいこともないし。相談できるような友達もいないし。

ペンだけ握り時間が過ぎていった。


眠くなってきたから洗面所で顔を洗った。

「委員長に聞いてみろよ。あの女と喋るきっかけになるぞ。」

「ちょっと興味あるんだろ。」


鏡の中の自分がそう言った気がした。





「委員長は進路どうすんの?」

「まだ書いてないの?」

「全然決めれなくて。」

「プリント提出期限は昨日なんだよね。」

「ごめんて。」

「やりたいこととかないの?」

「無い。」

「じゃあ大学って書いとけば。とりあえず。」

「大学かぁ。」

「なに?」

「目標無いやつが親にお金払ってもらって、大学行かせてもらうのもなんか。ね。」

「ふーん。」

「ん?」

「意外だなって。」

「意外?」

「ちゃんと考えて悩んではいるんだって思ってね。」

「そりゃね。」

「だったらとりあえず大学でいいと思うよ。」

「そう?」

「目標見つけに大学行く人も沢山いると思う。何にも考えず大学行く人よりは、君はいくらかマシだと思うよ。」

「じゃあ、とりあえず進学にする。」

「そうね。」

「委員長は?」

「就職。」

「意外だわ。」

「意外?」

「ここ進学校じゃないにしろ、委員長頭良い方じゃん。」

「働きたいの。」

「すごいな。委員長は。」

「なんにも。」

「すごいよ。」

「そう。ありがとう。」



「君さ、意外と喋りやすいんだね。みんな避けてるし、私もプリント回収の為に話しかけたけどさ。」

「うん。」

「普段からそんな感じでいなよ。」

「そうかな。」

「私は今日喋ってて楽しかったよ。」


二年の夏に野球部を辞め、現在三年の春。およそ半年振りに人に褒められた気がした。


「委員長さ。」

「なに?」

「LINE教えてよ。」

「別にいいよ。」

「またなんか聞きたいことあったら連絡していい?」

「いいよ。」

「ありがとう。」


そこから大学の進路について、授業でのわからない点、そんなことを理由に連絡をした。無理矢理LINEをする理由を作ってた。

僕は委員長に惹かれている。

好意を持っている。

好きなんだなと思った。

そこからタバコを辞めた。

バイクに乗るのも辞めた。

肩を壊したが、悲劇のヒーローきどりをしている気はなかった。

だが周りから見たらそう写っているよ、と委員長に教えてもらい、明るく振る舞い始めた。

次第に友達だった人間が友達に戻っていった。

学校が楽しくなった。 

壊した肩を触る癖もなくなった。



「受験勉強の息抜きって大事かな?」

「息抜きしてる余裕あるの?」

「聞いてるのは大事かどうかだよ。」

「大事ね。」

「じゃあ、息抜きに夏祭り行かない?」

「大丈夫なの?」

「今日だけ。」

「いいよ。何時集合?」

「18時に!」

「はいはい。」


我ながらうまく誘えたと思う。

僕は準備を始めた。

少しでも良い男に見えるように、親父に腕時計を借りた。

浴衣はやめた。

あくまで名目は息抜き。浴衣を来てきたら委員長に怒られるかもしれない。

だからジーパンにTシャツでいい。

あくまでフラッと誘った感じなんだから。

そしてワックスで髪を整えた。



「今日告白するのか?」

「無理だぞ。」

「あの女は誰に対しても優しいぞ。」



「うるさいよ。」

鏡の中の自分に言い返した。







「早いね。」

「いや、今来たところだよ。」

想定通り委員長は30分前に来た。

「お祭りとか久しぶり。」

「俺も。」

「そうなんだ。」

「りんご飴食べたいな。」

「あれ美味しいの?」

「わからん。」

「食べたこと無いんだ?」

「多分美味しいよ。絶対。」

「矛盾。」

「はいはい。」



お祭りの雰囲気も、出店も、浴衣で楽しんでいる可愛い女の子も全て陳腐に見える。

委員長と会話してる時だけが楽しかった。


花火が見やすい場所も知っていた。

でもその場所はやめた。

あくまで普通に花火を見る。

そうじゃないと、フラッと息抜きが成立しない。



「花火そろそろだ。」

「花火も久しぶりに見る。」

「そうなんだ。」

「小学生以来。」

「なんで?」

「なんで?って。」

「いや、中学の時とかは?」



「その時期、両親離婚してバタバタしてたんだよね。」

花火が上がり始めた。


「ごめん。」

「謝られるのが一番嫌。」

委員長は笑って言ってくれた。


「本当は私違う高校行きたかったの、」

「でも遠くに通うのも大変だし、」

「お母さんと私だけだから。」

「だから就職?」

「そう。」



「でも、就職して何年か立って、お金貯めてから大学行こうと思うの、」


「私、教師になりたいから。」




「委員長なら出来るよ。絶対、」

「応援する。」



「ありがと、」

「君も頑張ったね。」

「頑張ってね、じゃなくて?」

「うん、」

「私君の辛さとか何もわからないけどさ、」

「自分を戻したじゃない。」

「うん。」

「私も中学の時、両親のことで塞ぎこんじゃってた時期があってね。」

「うん。」

「その時にすごく先生に救われたんだよね。」

「それが理由で教師になりたいんだ?」

「そう。」

「だから君がクラスに溶け込んで行けてる時、本当に嬉しかったの、」

「なんか先生になれた気分で。」



「俺がすごい問題児みたいじゃん。」

「実際そうでしょ?」

「まぁ。」

「ふふ。」



お互いに花火を見ながらの会話だった。

委員長のことなにも知らなかったんだな。


鏡の中の自分が言った通りだった。





受験勉強が全く進まない。

現在13時。


外では太陽が存在感を出している。

僕はベットの上でスマートフォンを見ていた。


結局告白はしなかった。

あの会話の後、

頭の中で何回も委員長に告白した。

でも毎回浮かんでくるのは、

少しの無言の後、

「ありがとう。」

「嬉しいよ。」

と、困った表情で僕に対しての言葉を選んでる委員長だった。


委員長は、善意でお祭りにきてくれたんだと。

息抜きという名目で終わらせれて良かった。

告白しても迷惑になる。

好きな人の困惑した顔は見たくない。 


多分フラれるという確信があった。


「多分のあとに確信とか言わない。矛盾。」

これからはそんな言葉の訂正もされない。訂正されたくて使っていた言葉も、使わなくていい。



部屋から出ようと思った。

冷房の効いた部屋で、委員長とのLINEの履歴を見ていてしんどくなった。


体を動かしたかった。

久しぶりにランニングシューズを履いた。

小石が入っていたけど、取るために脱ぐのもめんどくさかった。

汗と共に流れてしまえばいい。

太陽が存在感を放っている。

アスファルトの焼けつくような熱さと臭い。

陽炎が僕を嘲笑っているように思えた。

商店街の窓に写った自分の顔を見る。



「髪でも切ろうかな。」

言葉に出ていた。




「告白もしてないのに、フラれた気になって髪を切るのか。」



「男のくせに。」



窓に写った自分が、そう言った気がした。







読んでいただきありがとうございました。


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