ライゼン通りのお針子さん~新米店長奮闘記25
第八章 全世界お針子大会
火事騒ぎから一夜明けアイリスは目を覚ますと祖母が使っていた部屋で朝食をとり一階へと向かう。
「おはよう」
「おはよう御座います」
すでに出勤してきていたイクトが笑顔で声をかけてくると彼女は嬉しくて満面の笑みを浮かべて挨拶した。
「アイリス。少しいいかな」
「はい」
制服に着替えたアイリスへと彼がそう言って手招きする。
「君はこの半年間このお店の店長としてよく頑張ってきたと思う。そんな君に最後の課題を出す」
「最後の課題ですか」
真面目な顔で言われた言葉に彼女は不思議そうに目を瞬く。
「今度行われる仕立て屋大会に出場し優勝すること。それが最後の課題だよ」
「それってイクトさんが審査員を務めるって言う大会のことですよね。優勝だなんて……」
イクトの話に自分は優勝するほどの腕など持っていないと言いたげに俯く。
「もし優勝できなかったら君はまた一から修行のやり直しとなる。でももし大会で優勝する事ができたらその時はこの仕立て屋アイリスの店長として君を迎え入れようと思っている」
「イクトさん……私頑張ります」
そんな彼女をやる気にさせるためにあえて厳しい口調でそう言って話した。そんな彼の期待にこたえたいと思いアイリスは力強く頷き答える。
「それじゃあ、今日から君は大会に出す服の制作だ。店番は俺がやっておくから心配はいらないよ」
「はい」
笑顔でイクトが言って聞かせると彼女は頷き作業部屋へとこもった。
「それじゃあアイリスは今大会用の服を一生懸命作ってるって事か」
「ああ。集中させてあげたいから、しばらくの間は俺が店番担当さ」
開店と同時に店内に入ってきたマルセンがイクトと話をして残念そうな顔をする。それに彼が申し訳なさそうに説明した。
「そうか。俺も応援してると伝えてくれ。アイリスなら絶対優勝するさ」
「うん。ありがとう」
彼が笑顔で言うとイクトも嬉しそうに礼を述べる。
「だが、確かその大会の審査員って……」
「情に任せて審査したりはしないさ。俺は一人の職人として彼女の作品を評価する」
「そうだな」
しかしあることを思い出したマルセンが確認するように呟くと彼が真顔で答えた。それを聞いて安心した彼が小さく頷く。
「それよりアイリスの作った服はそれからどうだ」
「思った以上に耐久に優れていて丈夫だ。これならもう服を破く心配もなさそうさ。彼女の腕は確かなもんだ。それはあの人を超えている。そう思っている」
「そうか。ありがとう」
イクトの問いかけにマルセンが説明するとアイリスの腕を褒める。それを聞いた彼が自分のことのように嬉しそうに微笑みお礼を言った。
「それじゃあ俺はこれから仕事があるから。邪魔したな」
「大会が終わったらまたアイリスに会いにきてやってくれ。彼女も喜ぶと思う」
「ああ」
彼の言葉にイクトがそう声をかけるとマルセンが言われるまでもないと言った感じで力強く頷く。
それからしばらくしてまたお客が来店する。
「こんにちは。アイリスイクト様の足を……あら?アイリスはいないのかしら」
「おや、お嬢様いらっしゃませ。すみませんアイリスは今大会用の服を制作中で暫くの間は俺が店番なんです」
扉を開けて入ってきたマーガレットがアイリスの姿がないことに不思議そうに首を傾げる。店の奥から出てきたイクトがそう言って説明した。
「そうでしたの。今度の大会にアイリスも出場するんですのね」
「本日はアイリスに御用でしたか」
残念そうな顔で呟く彼女に彼が尋ねる。
「い、いいえ。イクト様の足を引っ張っていないかどうか確かめにきただけですから。別に会いに来たわけではありませんわ」
「はっはっ。お嬢様がアイリスの事をそんなに気に入ってくれていて俺も嬉しいですよ」
慌てて説明するマーガレットへとイクトが笑って話す。
「イクト様……アイリスは確か仮契約中なんですわよね。ということは今度の大会で結果を出せなかったらこのお店を出ていってしまうんですの」
「心配して下さってるんですね。大丈夫アイリスがこのお店を出ていく事はありませんよ」
不安そうな顔で尋ねてきた彼女へと彼が優しくも力強い口調で答えた。
「そ、そう。それならよろしいんですの。アイリスがいないと張り合いが無くなってしまってつまらないですから。寂しいからとかじゃありません事よ」
「うん。お嬢様ありがとう御座います」
安心した様子で笑顔になるも慌てて言い聞かせるかのように口早に説明する。そんなマーガレットへとイクトが分かっているよと言いたげに微笑んだ。
「そのイクト様のためですものね。アイリスの事応援して差し上げますわ。ですから絶対に優勝しなさいって伝えておいてくださいな。わたくしが応援するんですもの優勝以外は認めませんわ」
「分かりました。伝えておきます」
照れた顔でそう言われた言葉に彼が必ず伝えると約束する。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。イクト様お仕事頑張ってください」
「うん。大会が終わったらアイリスもゆっくりできると思うから、また話をしに来てください」
「イクト様がそうおっしゃるなら。またアイリスの様子を見に着てさしあげても宜しくてよ」
「またのご来店お待ちしております」
素直じゃないマーガレットの言葉の本意をちゃんと理解しているイクトが笑顔で頷き見送る。彼女は一礼すると店を後にした。
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