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「何者かになりたい」は捨てたはずなのに

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「何者か」って言葉に捉われて、解放されて、また捉われて。そんなみんなの葛藤をまとめています。
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「何者かになりたい」は捨てたはずなのに

高専4年。19歳。 一念発起して弁護士を目指すことに。 ぼくは「何者か」になりたかった。 その後、スタートアップに転職し、急成長かつIPOも一番近いと言っていいところで体験。周りには「何者か」がたくさんいた。 周りにいた「何者か」はみんなかっこよく、憧れた。 だけど、それに自分がなりたいとはどうしても思えず、一度ゼロになるために地元岡山に帰郷。自分の心が動かされること、正しいと思うこと、善いと思うこと、美しいと思うことだけを人生に加えて行く生活を始めた。 今では、 作

【essay】何者かになりたい、という病

私は平凡な生き方というのが一番好きなのだけど、今の世の中、それは嫌だという方が多いということをうっすらと知っている。 『うっすらと…』というのは、そういう方々とは距離を置いていて、そういう方々と深く話すこともないからという意味だ。 先日、よく聴いているPodcast『となりの雑談』で、まさにこの『何者かになりたい人』のことが話題になっていた。 若い方などは、何ものかになりたいと思ったらなれる可能性は多くあるかもしれないが、40代、50代になってもまだそれを願って生きている方が

「何者であるか」より「何が好きか」で繋がれることの尊さについて

人と人との繋がり方の話をする。 社会人になってからいつの間にか5年が経った。 あの頃はただの画像加工用アプリだったインスタグラムは立派なコミュニケーションインフラと化し、かつてmixiの掲示板だったWeb上のコミュニティはある領域に特化したオンラインサロンが主流となりつつある。 思えば「コミュニケーション」とか「コミュニティ」みたいな「コミュコミュ」した言葉が急速に浸透したのもここ5年くらいの話じゃないだろうか。 僕自身、ビジネスでもプライベートでもそういった趣味

「何者」かになるために10年間やってきたこと

どうもエヌケンです。 この記事は僕が運営してるオンラインサロン「インスタ研究室」で投稿したものです。 累計サロン会員数は1万人を超えてインスタ運用特化では国内最大手に、著名人含むオンラインサロンの規模で言っても国内で30番に入るほどのサロンを運営していますが、この華々しい結果の裏には鬼のような積み上げの日々がありました。 インスタ研究室は6年前一人で運用の試行錯誤して、何も解がない状態で足掻いていた頃の僕がターゲットです。今では3000人を超える巨大サロンになり、オフ会

何者でもない人が「サードドア」を探す方法を考えてみた

サードドアという本が売れまくっているようです。僕は、昔、2ch創始者のひろゆきさんがYouTubeで紹介しているのを聞いて知っていましたが、翻訳待ちでした。 ざっくりいうと、18歳の大学生が、ビル・ゲイツ、レディー・ガガ、スピルバーグにインタビューしまくる話です。本の紹介を引用しちゃうと 人生、ビジネス、成功。 どれもナイトクラブみたいなものだ。 つねに3つの入り口が用意されている。 ファーストドア:正面入り口だ。長い行列が弧を描いて続き、入れるかどうか気をもみなが

¥100

「何者かになりたい」は終わらない。でもそれでいいのかもしれない。

「何者かになりたい」は捨てたはずなのに、というnoteを以前書き、多くの方に読んでもらえました。 「今はどう考えてるんですか?」 そう問われたので、今日はそんなことを考えてみたいと思います。 いきなり結論ですが、他者における「何者か」の比重が下がり、自己の評価する「何者か」の比重が上がった。でもそれさえも途中だ。もっというと永遠に途中だ。みたいな感じです。 誰かから認められるための「何者か」は、評価する軸を他人に委ねてしまっています。それはつまり、客観的指標で評価でき

「何者かになりたくなる」SNSはそろそろ衰退していくのかな?という予感

こんにちは!けんすうという名前で、インターネットサービスとかをよく作っているものです。 このnoteでは「何者かになりたいという欲を刺激して、一部のインフルエンサーと大量のワナビーを作りだすようなSNSがそろそろ飽きられて、違う目線のSNSが増えていくんじゃないかな?」的なことを書きます。 ----- 予防線 ------ あ、ちなみにまとまりは全くない、ふわふわした記事です。ロジックも何もないので、注意です。 なんでこんな記事を書いたかというと、5年くらいに振り返っ

落ちるのが悪いことでもなければ、昇るのが善いことでもない。

孤独感を感じることが多々ある。 孤独だ。そして、寂しい。 頭の中で、「孤独」という状態と、「寂しい」という感情は、勝手に結び付けられ、孤独はなぜか善くないことかのように思えてくる。 それって、随分と受け身の姿勢過ぎるのではないだろうか。 しかし、自我を持っているように発生した寂しい感情は、 いつの間にか、僕らの脳内を埋め尽くしていく。 僕は、これら条件反射のようなフローに抗いたい。 僕の尊敬する起業家の一人、佐藤航陽さんは先日、Xにて、このような投稿をあげていた。

孤独について

先日当面最後になるであろう一般向けの講演で話してきた。そこにいた在日の子が質問をしてきて、それは僕も5年位前までに考えていたことだったのでちょっと書いておきたい。 彼の質問はこうだった。 僕は地方の朝鮮高校出身です。大学からは慶応にきて、そこで勉強して今は起業しています。高校時代の友人たちは今も大切にしているのですが、一方でどうしても話が合わなくなっていることについて苦しさを感じています。慎さんはそういったことを感じたことがあったのでしょうか。どうやってそれと向き合ってい

【安宅和人】未来が欲しいなら名刺で生きるな、somebodyになるべし

「自分の力で道を切り拓き、生きていける人になりたい」と考える大学生や20代の若者は、どのようなキャリアを歩んでどのような力をつけていくべきか――。本企画は、日本を代表する経営者・識者が悩める若者にエールをお届けする連載企画。第二回目のゲストは、日本の未来の創り方を説いたベストセラー『シン・ニホン』の著者で、慶應義塾大学SFC教授/ヤフーCSOの安宅和人氏です。安宅氏は20代の頃にどのように考え、どのような経験を積んできたのか。またこれからの社会を生き抜くために必要な思考につい

【読書】何者になりたいか、ではなく、何者でありたいか『平熱のまま、この世界に熱狂したい/宮崎智之著』

タイトルに惹かれて、思わず図書館で手にとってしまった、宮崎智之さんの「平熱のまま、この世界に熱狂したい」という本を読んだ。 「平熱のまま」、だけど「熱狂したい」 2つの言葉は相対しているように見えて、実は深く繋がっているみたいな よくわからないけれど、惹かれちゃうみたいな このくそ暑い夏に、黒いシルクハット被って、公園のベンチで読書している肌の白い青年、みたいな、そんな彼に惹かれちゃうみたいに、思わず手に取ってしまった。 アルコール依存症に苦しんだ著者が、それを乗り越えて

何者でもない僕が、何者かになった時に価値が出るnote

初めまして。はるぼーです。 人生初のnoteです笑 今までnoteなんかやる意味あんのかなってずっと思っててやってなかったんですが、 最近20代で上場したタイミーの小川さん、アパレル最年少上場したyutoriの片石さんの 2人のnoteをたまたま見て没頭してしまっていた自分がいた。そして思ったのは何者でもない時に残っている言葉って薄い言葉で言うとエモいなと笑 僕はそのnoteを見て、すごくパワーをもらったし、自分が何者かになった時、同じように誰かのパワーになればいいな

今からだって僕は言うかな

こんばんは、Kodaiです。 早いもので、昨日から5月に入ってしまいました。 大学卒業をして、刺激的な東京での日々。 あっという間の一ヶ月でした。 僕は来週、また一つ歳を取ります。 「何者かになりたい」 これは、高校生ぐらいの頃から、漠然と胸に抱えていた思いです。 山田邦明さんの以下の文章に触れ、感じることがいくつかあったので、少し文字にしています。(数少ない好きなnoteのひとつなので、お時間ある時にぜひ👍) 自分は何者なのか。 何がしたいのか。どんなふうに生きた