他人との比較
私の記事を見に来ていただき、ありがとうございます。
最近、考えてることがあります。
それは「比べてしまう心」について。
私たちは学校、会社、ちょっとした人付き合いの中で、生きていれば人と比べる事が多々ありますよね?
ないっていう人はただ気づいていないだけだと思います。
競い合うということを始め、自分にないものを持っている人や、違いなど様々な面で常に他人と無意識レベルでも比べていると思います。
比べると、優越感、劣等感、焦り、ストレス、満足感などなど、私たちの気持ちに様々な影響を与えていますよね。自分ってすごいとか恵まれてるってことを実感する為に比べるのは時にプラスに影響することもあるので、共鳴し合うという意味では良いことだと思います。
ただ、比べることによって、自分を苦しめてしまうのはなぜでしょうか。
比べなければいいのに人と比べては苦しみ悩む。
私が自分が人と比べては悩む時、焦る心、自身のない心、嫉妬心などから、なぜ私は何故こうなのかと自分を卑下し始めます。
自分中の足りない部分、劣ってる部分などの悪いところに焦点を当て、自尊心を傷つけるので、どんどん自信をなくし、落ち込むという負のスパイラルに陥ります。
そのうち、もう良いや!私は私!という具合に開き直ると心の雲に陽が射し始めます。人によっては、一瞬だけ他人と比べて、一瞬だけこの感覚を感じるだけで、気にしない人もいると思います。
その逆で、結構思い悩んでしまう方ももちろんいらっしゃると思います。
性格や生き方、生きているうちの経験によって、歳を重ねるごとにこのような他人との比較で悩むということは減っていくかもしれません。
でも、私が思うに人は死ぬまで比較し続けるものだと思っています。
普段は他人との比較をしないように過ごせていても、ある日突然他人から思い知らされるような出来事があり、自分を見つめ直した時、知らず知らずのうちに比較が始まってるときがあると思います。
「人は自分を写す鏡」といいますよね?
なので、自分を見つめ直す時、他人と比較して、自分とはどういった人間なのかを客観的に観察することは大切だと思います。
でも、その思考過程で「悪魔のささやき」が聞こえてきてします場合がありますよね?
先ほどお話しした、「あの人はこれもできて、あれもちゃんとやってるのに自分は何故できないのか」など自分を責めるような心の葛藤。
これは自分の心のバランスが取れていれば、もしくはある程度自分に自信があれば問題ない思考だと思います。むしろ、「じゃ、自分はこれをやってみよう」など、プラス方向へのインスピレーションになることがあります。
でも、大抵の場合、こういった心のささやきは自分への疑いの心、自分は十分ではないという、自分に対して満足をしていない心から始まる場合が多い気がしませんか?
自分の場合は、そういった心の状態の時にこういった他人との比較が悪魔のささやきのように聞こえてしまい、もやもや考えてしまうことが若い頃はもっと多かったです。
出る杭は打たれる時代はもう終わった気がします。
近年、日本も個性が尊重される時代になりつつあります。ここにYoutuberになったり、呟いたり、こうしてnoteを書いたり、事業を立ち上げたり、転職を頻繁にしたり、海外にでたりと個性がとても大事な時代ですよね。
もちろん、こうした時代は他人との比較も盛んになってしまってる部分もあります。フォロワー数を比較したり、企画を比較したり、ルックス、才能など色々比較することはまだまだあります。
でも、比較をして、前向きに捉えることを訓練して行かないと辛いと思います。ある程度比較をして、見たくないものは無視して、心を自由にしても良いんじゃないかって思います。
他人と比べてがんじがらめになるより、自分はこうだから、他はどうでもいいっていう開き直りな気持ちを前面に出すのはアンバランスですが、そういう開き直りな心構えを持っていた方が悪魔のささやきよりも、よっぽど健全だと思いませんか?
ある程度自己中になった方が心が健康になると思います。出る杭なら、完全に出切ってしまった方が、周りが理解してくれる気がします。
人に迷惑をかけないように生きることも大切ですが、同じくらい自分を尊重して自己中なスタンスを持つことも大切だと思います。
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