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毎日連載する小説「青のかなた」 第30回

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「すごい……! やってみてもいいですか」
「どうぞ」

 レイはバケツから魚を一匹手に取って、光に渡した。

「この作業のコツは、エラに指を入れるときに身と内臓を繋げている筋を切らないように気をつけること。そうすれば元通りに内臓を戻せます」

 光はレイと一緒になって、魚のエラに指を差し入れた。難しそうに見える作業だったが、レイのアドバイス通りにやってみると意外とうまくできた。

「新しく入ったスタッフが一番苦戦するのはこの作業ですが、光さんは上手ですね」

 レイはサプリメントを詰めた魚を、丁寧にバケツに入れた。

「サプリメントを詰めた魚は確実に与える必要があるので、トレーナーがわかりやすいように一番上に置きます」

 これで、イルカのごはんづくりは大体終わりらしい。すべてのバケツに魚を詰め終わると、すっかり生臭くなった手を洗い、バケツをイルカたちのもとまで運ぶことになった。ログハウスからイルカたちの住む内湾までは、海の上に浮かぶフロートで繋がっているようだ。
 白く塗られたフロートの上をしばらく進むと、ロックアイランドに囲まれた内湾が広がっていた。空が晴れたせいか、海の色は今朝よりもずっと鮮やかになっている。エメラルドの宝石を溶かし込んで、そこに何かもっと明るい青の宝石を溶かして丁寧に混ぜたような、きれいな海だった。水は澄み切っていて、底にある珊瑚や、その周りにいる黄色と白の縞模様の魚までよく見える。
 少し離れたところでプシュッと飛沫が上がったかと思うと、静かな水面から灰色の三角形が姿を現した。イルカの背びれだ。

「ここが、ドルフィン・ベイ。イルカたちを飼育しているエリアです」レイが言った。

 内湾はネットで仕切られていて、その上にはフロートが設置されている。イルカたちのすぐそばまで人が歩いて行けるようになっているのだ。内湾の周囲がロックアイランドで囲まれているからか、まるで秘密の楽園のような雰囲気だった。ガイドブックで見るよりずっときれいな場所だ。

「来て。イルカたちを紹介します」

 レイはフロートの上をどんどん進んでいく。彼の姿に気づいたのか、一頭のイルカがフロートまで近寄ってきた。プシュッという音とともに水面に顔を出し、つぶらな瞳でこちらを見上げている。
 うわあ、なんてかわいいの。思わず声を上げそうになった。水族館のアクリル越しにイルカを眺めたことはあるが、こんな風に海を泳ぐイルカに会うのははじめてだった。

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