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毎日連載する小説「青のかなた」 第7回

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 明人は隣の家の長男で、光よりも七歳上の三十四歳。光は彼が中学生の頃から知っている。隣同士なので、光の家にはよく明人がごはんを食べに来た。いわゆる幼馴染というやつだ。

「なあ、顔見て話せるか?」
「え……いいけど」

 光はリュックからイラスト制作用に使っているタブレットを取り出した。オンライン会議用のアプリを立ち上げると、画面に明人の肩から上が映る。大きな特徴はないけれど、すっきりと整った顔立ちだ。外出するときは整髪料で前髪を流して額を見せているけれど、今は自宅にいるからか自然のままになっていた。両耳が少し大きめで、子どもの頃、光はふざけて彼の耳を引っ張ったものだ。

「元気そうだな」画面越しに目が合うと、明人は微笑んだ。
「心配してたんだ。飛行機で酔って隣の人の服にゲロ吐いてないかって」
「いや、ちょっと、やめてよ。何年前の話だと思ってんの」

 小学生のとき、明人の両親が車で遊園地に連れていってくれたのだけれど、車酔いをした光は我慢できずに車の中で吐いてしまったのだ。ゲロをぶちまけた先は、よりによって隣にいた明人の膝の上だった。光にとってはこうして蒸し返されるのも恥ずかしい記憶なのに、明人は「ははは」と楽しそうに笑っている。
 切れ長で涼しげな明人の目は、笑ったときだけきゅっと三日月形になり、やさしい印象になる。怒りたいのに、その顔を見ていると気持ちがしゅんとしぼんでしまった。

「ごはんは? そっちに着いてから、何か食べたのか?」
「まだ。ハウスメイトの人が用意してくれてるみたいだけど……」
「親切だなあ。食事を用意してくれるなんて」

 まったく彼の言うとおりなのだけれど、明人の言葉に「そうだよね」と素直に頷けない自分がいる。感じていることが顔に出ていたのか、明人が「なんだ、憂鬱そうだな」と言う。

「だって、知らない人とごはん食べるの……落ち着かない」

 それを聞くと明人は笑った。光の答えが予想外だったからではなく、おそらく彼の思っていた通りだったからだろう。

「知らない人じゃなくなればいいんじゃないか? 一晩あれば、いろいろ話せるだろ。その人のこといろいろ聞いてみろよ」

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