毎日連載する小説「青のかなた」 第37回
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考えた末、光は沖縄の人が開発したという日焼け止めクリームをネットで取り寄せることによって解決した。
「世界広しといえども、パラオほど豊かな海はそうそうない」朝之が言った。
「その豊かさを守れるかどうかが、俺たちヒトの手にかかっているっていうわけだ」
ランチタイムが終わると、また午前中のように団体のお客さんが来た。光は相変わらずデッキブラシでフロート磨きだ。午前中にけっこう進めてしまったので、三十分もせずに終わってしまった。レイが「今の仕事が終わったらイルカを眺めていていいですよ」と言ってくれていたので、お言葉に甘えることにする。光はフロートの上に体育座りをして、イルカたちのいる内湾を眺めた。
そうしていると、一頭のイルカがそばに来てくれた。メイだ。彼女がいるということは、ルーもいるはずだ。思った通り、光を驚かせようとするように、メイの後ろからルーがぽこんと顔を出す。お母さんにそっくりなまんまるな瞳で光を見つめている。彼と目が合うと、光も自然と笑顔になってしまう。
ルーはまだ若いからか、他のイルカたちよりも体の傷が少なく、肌がつるつるしていた。存在そのものがフレッシュな感じだ。光を遊びに誘っているのか、頭を振ってみたり口をパクパクしたりと騒がしい。どの仕草もかわいくてたまらなかった。許されるなら、ぎゅっと抱きしめてしまいたい。
このかわいさを、どうにかして形に留めておきたい。光は急いでログハウスに行き、自分のリュックからスケッチブックとペンケースを取り出した。そのふたつを持って、またメイとルーのもとに戻る。
フロートに腰を下ろすと、ルーはまたすぐにそばに来てくれた。まるで顔を覚えてくれたみたいで嬉しい。もうだめだ、我慢できない。早くこのかわいい子を描きたい。ペンケースから鉛筆を取り出す時間さえもどかしく感じながら、光はスケッチブックを開いた。
フロートにあぐらをかいた体勢で、手早く鉛筆を走らせていく。動物のスケッチというのは静物よりもずっと難しい。対象物がじっとしていないからだ。逆に言えばそこが楽しいところでもある。絶え間なく動いている彼らの、どの瞬間を切り取るか。画家の観察眼とセンスが問われる。
鉛筆でルーの輪郭を大まかに描いてから、細かい部分を足していく。丸いおでこ、微笑んでいるような口元、流れるような体のライン……。新しい遊び相手を見つけたかのように、わくわくと光を見つめるまんまるな瞳。母親にぴたりと体を寄せたときの、満足そうな表情。
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