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GUNNER, SABOT, TANK!

今回は、アメリカ陸軍の教範から実際にエイブラムスのクルーたちが交わす射撃命令と交戦について軽く解説致します。

まず大前提のお話として、エイブラムスの攻撃面は基本的に砲手が担当しますが原則として砲手単独での射撃は認められていません。車長が死傷し指揮できない場合を除いて、砲手は必ず車長の指示に従い射撃命令が出たときに初めて引き金を引くことができます。

戦車で使われる射撃命令には簡潔かつ聴きとりやすいことが求められ、アナウンスコードと呼ばれる語句が砲術教範でしっかりと定めらているのです。ここ最近GHPCという現代戦車をテーマにしたインディーゲームがホットですが、そのゲーム中において乗員が話している内容もアナウンスコードの一部です。


射撃命令についてお話する前に、射撃命令を理解するためにエイブラムスで使用される攻撃手段から解説していきますね。エイブラムスが使用していた砲弾の種類は大変多く、なかには恐らく聞いたことすらないものもあるかと思います。

1. 徹甲弾

徹甲弾(AP)とは運動エネルギーを利用した砲弾で、分厚い装甲を備える堅牢な目標を破壊することだけに特化しています。この弾薬はタングステンや劣化ウランでできた細長い砲弾を超高速で撃ち出し、その運動エネルギーで厚い装甲を貫くため、内部に炸薬は入っておらず爆発することはありません。M1エイブラムスシリーズでは部隊に配備されてから現在に至るまで一貫してAPFSDSという徹甲弾の一種を使用し続けています。エイブラムスの乗員らが用いるアナウンスコードはSABOT(セイボー)

該当する弾薬:M774 APFSDS-T、M833 APFSDS-T、M900 APFSDS-T、M865 TPCSDS-T、M829 APFSDS-Tシリーズ

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詳しくは用語集「APFSDS」を参照のこと 


2. 多目的榴弾

多目的榴弾(HEAT-MP)とは化学エネルギーを利用した砲弾で、装甲目標から歩兵のような軟標的まで幅広い種類の目標に対して有効です。装甲目標に命中すると内部に充填された炸薬が爆発すると同時に化学現象により弾頭内の金属が極超音速のジェットと化して装甲を貫き、周囲には爆発によって発生した破片を飛散させ軟標的を加害・殺傷します。アナウンスコードはHEAT(ヒート)。詳しくは用語集「HEAT」を参照のこと

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該当する弾薬:M456A2 HEAT-MP-T、M830 HEAT-MP-T、M831 TP-T

エイブラムスでは2001年からM830A1 HEAT-MP-Tという多目的榴弾も運用しており、アナウンスコードはMPAT(エムパット)。これは従来の多目的榴弾の能力向上型で、高度な射撃管制装置と時限信管を組み合わせることによってヘリコプター等の対空攻撃能力を備えています。弾頭には対地モード・対空モードの切り替えスイッチがあり、装填する前にこれを切り替えることで近接信管を有効にします。120mm砲でのみ運用可能で、対空モード時のアナウンスコードはMPAT AIR(エムパット・エアー)

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3. 粘着榴弾

粘着榴弾(HESH)とは化学エネルギーを利用して装甲目標を破壊する榴弾の一種です。内部には多量のプラスチック爆薬(3kgのコンポジションA3)が充填されているため、ある程度までの障害物を破砕することも可能です。105mm砲でのみ運用可能で、アナウンスコードはHEP(ヘップ)、

該当する弾薬:M393A2 HEP-T

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4. キャニスター弾

キャニスター弾(canister)とはおよそ1,000個のパチンコ玉ほどあるタングステン球を弾頭内に収納した対人用弾薬で、発射直後に弾頭部が割れて子弾が散らばりながら飛んでいきます。まさしく戦車砲サイズのショットシェルのようなもので、突撃を敢行する歩兵部隊や待ち伏せポイントに対し絶大な威力を発揮します。最大有効射程は500mほどでブロック塀や薄い鋼板程度なら貫通するため、非装甲車両や建物に隠れる敵などに対しても有効です。120mm砲でのみ運用可能でアナウンスコードはCAN(キャン)

該当する弾薬:M1028 CANISTER

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5. 障害物排除弾

障害物排除弾(HE-OR、Obstacle Reduction)とはその名の通りコンクリート製の障壁を破壊するための砲弾です。鋼鉄製ノーズが障害物にめり込んでから爆発、目標を内部から破砕します。コンクリート製の橋脚を十分に破壊できる威力があり、皮肉にも敵の進軍を妨害する障害物を生成することにも使えます。120mm砲でのみ運用可能でアナウンスコードはOR(オーアー)

該当する弾薬:M908 HE-OR-T

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6. 発煙弾

発煙弾(WP、White Phosphorus)とは撃ち込んだ場所に煙幕を発生させる砲弾です。WPの名のとおり弾頭には2.7kgの白リンが詰まっていて着弾すると大気中で発火・飛散し、化学反応を起こし濃密な白煙を発生させます。本来でれば攻撃用に使用される弾薬ではありませんが、上記の特性を活かす事で掩体や建物に陣取る歩兵相手にも有効です。白燐の悪名高い対人殺傷能力による敵への心理的効果も期待できます。105mm砲でのみ運用可能でアナウンスコードはSMOKE(スモーク)

該当する弾薬:M416 WP-T

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7. フレシェット弾

フレシェット弾(APERS)とは弾頭内部に5,000発のダーツ型子弾(フレシェット)を格納したもので、おもに対人・対軽装甲目標に対して使用されます。一見すると子弾が違うこと以外はキャニスター弾と同じものに見えますが、こちらは発射後一定の距離を飛翔してから弾頭が散開しフレシェットが展開されます。散開位置はダイヤル式スイッチで200m~4,400mまで100mごとに設定可能で、弾頭先端部の時限信管により制御されています。105mm砲でのみ運用可能でアナウンスコードはBEEHIVE(ビーハイブ)

該当する弾薬:M494 APERS-T

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8. 同軸機関銃

こちらは砲弾ではありませんが、同軸機銃にもCOAX(コーアックス)というアナウンスコードが与えられています。たかが機関銃といえ、対人攻撃と制圧においては最も有効かつコストパフォーマンスに優れる攻撃手段の一つですからね。

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なお、歩兵や非装甲車両、低空を飛行する固定翼機や輸送ヘリに対しM830A1での攻撃が困難な場合は車長自らが12.7mm(.50口径)重機関銃、アナウンスコード「CALIBER FIFTY」で射撃を行う場合があります。この場合は複数車両で敵機の進路上(未来位置)に弾幕を張るのが有効です。

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現在では、上で紹介したものの殆どが退役しSABOTとMPATとCANが主に使われています。現代においてエイブラムスの戦闘力を支えるSABOTとMPATに適した標的を簡単にまとめたものが下の図です。

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次は標的を識別するアナウンスコードについて。戦場では戦車以外にも装甲車、歩兵戦闘車、対戦車ミサイル、歩兵、トラックなどといった様々な目標を攻撃することがあります。そのため、目標ごとに最も効果的な攻撃手段を使い分ける必要があるのですね。

1.戦車

堅牢な装甲をもつ戦車。該当するアナウンスコードはTANK(タンク)

2.装甲車両

装甲兵員輸送車や装甲偵察車両などの軽装甲車両。アナウンスコードはPC(ピーシー)

3.ヘリコプター

戦闘ヘリ、輸送ヘリ、汎用ヘリなどの回転翼機。アナウンスコードはCHOPPER(チョッパー)

4.固定翼機

攻撃機、輸送機、偵察機などの固定翼機。アナウンスコードはPLANE(プレーン)

5.対戦車兵器

対戦車ミサイル、対戦車砲、牽引砲などの対戦車能力をもつ兵器。アナウンスコードはANTI-TANK(アンチタンク)

6.兵士

その名の通り生身の人間。アナウンスコードはTROOP/TROOPS(トループ)

7.固定機関銃

友軍兵士にとって厄介な敵機関銃陣地など。アナウンスコードはMACHINE-GUN(マシーンガン)

8.非装甲車両

装甲をもたないトラックやジープなどの車両。アナウンスコードはTRUCK(トラック)

9.その他

1~8までに該当しないものは個人の判断によってアナウンスコードを命名します。短く伝わりやすいアナウンスコードにしよう!

それではおさらいです。一通り解説した攻撃手段とそれに適した目標のアナウンスコードをまとめたものがこちら↓

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では、アナウンスコードについておさらいしたところで実際に攻撃を行う際に行われる射撃命令(Fire Command)について見ていきましょう。

エイブラムスの乗員が敵を発見し、攻撃するまでは下のような流れで行われます。

①目標と攻撃手段の指定→ ②捕捉→ ③安全装置解除→ ④射撃命令→ ⑤交戦→ ⑥効果判定→ ⑦継戦もしくは射撃中止

それでは、凡例を交えながら解説していきます♪

凡例その1

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これはエイブラムスの砲手用プライマリサイト:GPS(Gunner’s Primary Sight)からの視点を再現したもので、標的は距離1,400mで停車している敵戦車でこれを車長が発見したと仮定します。砲手は射撃管制装置の機能をフル活用できるNORMAL MODEを使用するものとします。

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↑GPSのレティクルと各種表示の説明

Fの表示は、レーザーレンジファインダーや弾道コンピュータに何かしらの異常が発生しているサインです。

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↑M1(105mm砲搭載)のGPS(砲手用サイト)操作コンソール

↓M1A1のGPS(砲手用サイト)操作コンソールとその各スイッチの役割

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↑M1A2 SEPのGPS(砲手用サイト)操作コンソール


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↑M1A2の車長席と砲手席。GPSが可視光/IR映像を出力するプライマリサイトで、GPCH(別名GCHA)が砲手用操作ハンドル(キャデラック)です。GPSEは車長用にGPSの映像を出力するための装置。GASは8倍固定倍率の非常/補助用直接照準眼鏡。GCDPは砲手が手動で弾薬データや環境データ、射距離を入力するための入力装置。Blasting Machineはダイナモ入りの非常用撃発装置で、GPCH/GCHAで主砲を発射できない場合や不発等の故障排除時に用いられます。


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↑M1A2 SEPの砲手席、写真右上の液晶画面付きパネルがGCDP

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↑初期M1/M1A1の砲手席、写真中央にあるボタンが沢山付いたパネルがCCP

まず車長は砲手に対し目標とそれに使用する攻撃手段、必要に応じて敵の方向と距離を指定します。この場合は戦車を徹甲弾で攻撃したいので、車長は「GUNNER, SABOT, TANK!」と命令します。砲手は照準倍率3x(WFOV、広視野角)で索敵し目標を捕捉したら倍率を10x(NFOV、狭視野角。第二世代サーマルサイトを使用している場合は13xまたはそれ以上)に切り替え、砲手は目標がレティクルと目標を重ね合わせ砲手用コントロールハンドル(GCHA)、通称“キャデラック”のボタンを押して測距し「IDENTIFIED!」と伝えます。測距をすると射撃コンピュータが目標までの距離とその移動速度を砲塔の旋回加速度から即座に計算し、偏差(リードアングル)が算出されます。装填手は主砲の安全レバーを上げて「UP!」と大声で言います。これで主砲の発射準備が完了しました。そして車長が「FIRE!」と射撃命令を出したら、砲手はレティクルと目標を重ね合わせ、互いの動きが一致した状態で発射ボタンを押し「ON THE WAY!」と言い主砲を発射します。この号令がない限り砲手は主砲を発射することができません。

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主砲発射後、車長は目視またはGPSEないしCITVで弾着観測・効果判定を行い、目標に命中し再度交戦の必要がなければ車長は「TARGET, CEASE FIRE」と言い、一通りの流れが終わります。砲手が目標を捕捉できない場合は「CANNOT IDENTIFY」と言います。このとき車長は目標位置を口頭で示すほか、最もラディカルな手法として「WATCH MY TRACER, CALIBER FIFTY」と言い重機関銃の曳光弾で教える事もできます。

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レーザー測距したときにMULTIPLE  RETURNのインジケーターが表示された場合はもう一度測距し直すか、FIRST RETURN/LAST RETURNのいずれかを選択する必要があります。

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命中した場合は「TARGET」、敵を確実に無力化したと判断できない場合や外れてしまった場合は「CEASE FIRE」と言わずに再度射撃を行います。外れた場合は、砲手または車長が曳光弾の軌跡や着弾点から「SHORT」「OVER」「DOUBTFUL」、そして見失ってしまった場合には「LOST」と言い狙いを調整します。「DOUBTFUL」(砲弾が左右に反れる場合)で正しい射撃手法を踏んでも弾着のズレが大きい場合はFCSに不具合が生じた可能性が高いため、デグレーデッド・モードに切り替えます。また、車長が着弾観測を行えない状況で砲手に観測と効果判定を委ねる場合には「FIRE AND ADJUST」と言います。

余談ですが、高初速のSABOT/徹甲弾の射撃を行う場合は主砲によって巻き上げられた砂塵等で視界が非常に悪くなるため、大半がLOSTだったりするようです。

・FCS損傷時の砲術

デグレーデッド・モードとは戦車の射撃管制装置に何らかののトラブルがある場合に用いられる砲術で、故障や被弾などによりLRF/ESLRF(レーザー測距装置)やGPS(砲手用プライマリ照準機)、スタビライザー等が故障した場合には砲手が手動で目標までの距離などを入力したり、場合によっては戦車の射撃管制装置に一切頼らずに射撃を行います。こうした非常時にはEMERGENCY MODEまたはMANUAL MODEが用いられます。

EMERGENCY MODEは何らかの理由でスタビライザーが故障し砲安定を失った場合に使用されます。この際、先述したNORMAL MODEにおいて使用できていた自動で目標に偏差を合わせてくれる機能(リードアングルセンサー)は無効化されています。

MANUAL MODEはその名の通り完全に手動で砲の操作を行うモードで、これは砲旋回/昇降装置を駆動させる油圧システムが損傷した場合に用いられます。砲手は主砲の旋回/昇降を油圧装置に頼らずに、ハンドクランクを介して手動で行う必要があります。やはり筋力はすべてを解決します。

MANUAL/EMERGENCYのいずれにおいても、GPSが故障している場合は砲手用補助直接照準眼鏡(GAS)を使用します。これは文字通り緊急時のための補助サイトであるため、倍率は8倍固定でサーマルや暗視装置の類は一切装備されていません。また、GASは弾道コンピュータの最低出力可能距離である200m以内の至近戦闘においても使用されます。

レーザーレンジファインダーが故障した場合やGPSと射撃管制装置が問題なく動作するが迅速な射撃が求められる場合には、BATTLESIGHT/BS(戦闘照準)が用いられます。これは各弾種ごとに決まっている射距離データをFCSに入力することで、測距せずにおおまかな射撃ができるというシステムです。BSで射撃を行う場合のアナウンスコードは「GUNNER SABOT TANK, BATTLESIGHT 1200!」(目標戦車、徹甲弾で攻撃する場合」となります。

勿論、測距や風速の入力をしていないため遠方の目標と交戦する場合での精度は大幅に劣りますが、射距離をCCP/GCDPに入力するよりも速やかに射撃をすることが可能です。


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↑初期M1A1の車長用コントロールパネル。上段左から3番目にBATTLESIGHT入力ボタンがある。

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↑GAS(砲手用直接照準眼鏡)のレティクル

↓ロシア製主力戦車(この図ではT-64)のスケールが基準のスタジアを敵戦車と重ねることで、GAS使用時においても目標までの大まかな距離を手早く割り出すことが出来る。

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凡例その2

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この場合は砲手が敵戦車2両を発見・補足した場合です。車長は砲手に先に攻撃する目標を選択し、射撃命令を出して攻撃します。


凡例その3

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この画像では対戦車兵器を装備した歩兵と仮定します。本来であれば、より脅威度が高いAPCから交戦するべきです。

これは装甲兵員輸送車と歩兵に対し、車長が12.7mm機関銃(アナウンスコード:CALIBER FIFTY)で銃撃を加えたあとに多目的榴弾で砲撃をする場合です。車長は攻撃を終えたら「TC, COMPLETE」と言い、「GUNNER TAKE OVER」で砲手に攻撃を引き継がせます。

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凡例その4

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これは多数の歩兵に対して同軸機銃で攻撃を行う場合です。。


凡例その5

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これは遠距離でホバリングするヘリコプターに対してM830A1(対空モード)で攻撃を行う場合です。砲手は弾種セレクターのMPATとAIR/GROUNDを押し、装填手は即座に弾頭部のダイヤルを対空モードに切り替えます。砲手が目標をレティクルの中央に捉えながら測距すると瞬時にレーザーが複数回照射され、移動する目標であってもFCSはそれぞれの測距データの差から速度と未来位置を算出します。

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↑MPAT-AIR入力時の射撃イメージ

測距信管が誤作動するのを防ぐために、目標が樹木などの障害物の延長線上にある場合は中心から少し逸らして発射する必要があります。至近でMPATが炸裂すれば、Mi-24やMi-28のような装甲が施されたヘリといえどもでもタダでは済みません。

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↑M1の車内でGPSを覗く砲手。

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↑M1A1の第一世代TIS(Thermal Imaging Sight)

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↑M1A2 SEPの第二世代TIS/FLIR

<参考文献等>

U.S. Armor Association, 1994 Armor, Volume 103, Issue 3

TANK GUNNERY (ABRAMS), FM 3-20.12 (FM 17-12-1-1/-2) 1 October 2001, HEADQUARTERS, DEPARTMENT OF THE ARMY.

TECHNICAL MANUAL ARMY AMMUNITION DATA SHEETS, ARTILLERY AMMUNITION GUNS, HOWITZERS, MORTARS, RECOILLESS RIFLES, GRENADE LAUNCHERS, AND ARTILLERY FUZES (FSC 1310, 1315, 1320, 1390), HEADQUARTERS, DEPARTMENT OF THE ARMY.

LARGE CALIBER AMMUNITION
120MM M1028 CANISTER, GENERAL DYNAMICS Ordnance and Tactical Systems.

スペシャルサンクス/考証:米陸軍M1A2戦車長2名






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