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2018年1月23日の夜にベトナム・ダナンで起きたこと

「うわあ、懐かしい。圭さんこれ見て」「どうしたのホアちゃん」
 ベトナム人の妻ホアに呼ばれた圭は、何があったのかと考えつつホアの前に来た。
「ほらこれ、まだ圭さんに出会う前だけど......」圭がホアの持っているタブレットに、映し出されている画像を見る。
「えっ! これ何? デモやってたの。ベトナムで? マジでミャンマーや香港と同じじゃないか。いや、知らなかった。でもホアちゃんここにいたの? ちょっとやばくないか!」画像を見て圭が目を見開いた。

 驚く圭を見て笑いながら首を横に振るホア。
「圭さん違うよ。これはサッカーで、ベトナムのチームが勝ったからみんなでお祝いしているんだ」
「さ、サッカーかあ。日本も熱狂的なファンはいるけど。これはちょっと過激すぎないか!」


 圭が驚いた写真はベトナム中部の町ダナンの夜に撮られた一枚。夜間にメインの通りを無数のバイクがベトナム国旗を掲げて走っている。この異様な風景に驚きを隠せない。
 これでは下手な暴走族では、とても勝ち目がないのではと感じてしまった。

 実はこの写真。ホアはまだ圭と知り合う前の話である。当時ホアはベトナム留学生として日本で学んでいた。そしてこれは2018年1月にベトナム正月(テト)のタイミングを使い、その少し前からベトナムに帰国したときに遭遇した一枚である。

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 2018年1月20日から1カ月間の予定でベトナムに戻ったホア。故郷のハノイには、この年のベトナム正月(テト)が行われる2月16日に合わせて戻る予定である。だからそれまではベトナム国内を旅行することにしていた。
 1月20日ダナン空港に到着。そこで待ち合わせしたのは、ハノイ在住の親友・ヴァン。そのままふたりが向かった先はホイアンである。ダナンから1時間ほど南にある世界遺産。そこには屋根のついた日本橋など、かつて日本人の町があった場所とされるだけに、日本企業での就職を意図していたホアにとっては無視できなかった。

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 そしてホアはホイアンにしばらく滞在。23日にダナンに戻り、翌24日の午前便で南のホーチミンに向かう予定にしていた。

「ホア、明日はホーチミンに行くのね?」「そうよ。日本で就職できそうだし、この際だから南部も見ないとね。ベトナムを南北に全部見るつもりよ」
「いいわねえ。日本に行ったらいい婿見つけるんでしょう」
「ヴァンそれはどうかなあ。そんなことより、私としてはTOKYOじゃなく、日本らしいKYOTOで働けたらいいんだけど」

 こうしてふたりはダナン行きのローカルバスに乗る。23日のこの日はダナンで1泊。そしてホアは南部のホーチミン、友達のヴァンは北部のハノイ戻るのだ。


 ホテルからホイアンのバスターミナル向かう途中。「あれ、今日はサッカーの試合かあ」声を出したヴァンは店のほうを指さした。

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「みんな真剣だね」「あれ、ホア知らないの? 今ベトナムチームはいいとこ行っているのよ。これ準決勝のカタール戦ね」

「へえ、ずっと日本だから知らなかった。いつのまに!」ベトナム人なのに日本留学しているために意外に気付かないホア。
 そもそもサッカーに興味ないから仕方がないが、状況を聞いてしまえばどうしても気になる存在。思わず立ち止まって真剣にその様子を見る。しかしここで中断する声。
「ホア、バス来た!」

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 こうしてダナン行きのローカルバスに乗るふたり。1時間ほどのゆったりした時間。車内を見ると、地元のベトナム人ばかりだ。ダナン周辺に住んでいるのだろうか? 普段着姿の人ばかり。
 おそらく旅人はホア達だけのようだ。そして若い男性はタブレットやスマホに睨めっこ。おそらくは先ほどの試合が気になって仕方がないのだろう。

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 やがて黄色いボディのバスはダナン市内に到着した。
「えっと。あ、次降りよう」ヴァンはこの日泊るホテル近くのバス停を探している。こうしてふたりは降りた。ホアは完全にヴァンに任せてついていく。
「あ、あれがホテルよ。いいところでしょう」「さすが! 町の中心選んだね」ホアは満足のあまり笑顔になった。

 こうしてチェックインを済ませ、部屋にはいるふたり。テレビをつけると、サッカーの試合が流れている。「あ、これカタール戦」「あ、勝ってるの? え、引き分け!」ヴァンのテンションが上がってきた。

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 ふたりはおそのまま中継を見る。そして10分後、ベトナムチームが勝利し、決勝戦に駒を進めた。

「や、やったああ! す、すごーい!」ヴァンが我を忘れて喜んでいる。ホアは少し唖然としつつも途中から一緒になって喜ぶ。そして窓を見ると、異様な光景が始まった。

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「おお、バイクが国旗を持って走り出しているよ」ホアが驚きのあまり目を見開く。「ねえ、ホア見に行こう。すごいみんなでベトナムの勝利を楽しもうよ」

 ヴァンに誘われるようにホアは一緒にホテルの外に出る。するとホテルの従業員も外に出て一緒に盛り上がっているではないか。
 ホアは「おめでとう」と従業員に耳打ちする。それに対して従業員が一期一会の相手に、喜んだのは言うまでもない。

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「あの日のダナンは夜中まであの調子。私たちは最初喜んで一緒に盛り上がってたけど、お腹空いたし、途中で近くの店でご飯食べてホテル戻ったけどね」ホアは懐かしそうに当時の思い出を語った。

「そうなんだ。まるでゲームのようだなあ。俺はあサッカーのこと、ほとんど解らないし」ホアの語りを静かに聞いていた圭がつぶやく。
「サッカーもリアルなスポーツゲームね。でも、すごかったよ。圭さんに、この独特の空気味わってほしかったかも」
 過去の記憶がよみがえったのか、興奮気味に語るホア。でも圭は首を横に振る。

「いいよ。俺はサッカーよりお腹の子だな」
 そう言った圭は笑顔でホアに近づくと、手を伸ばした。そして間もなく生まれてくる子供が宿っている、大きなおなかを、ゆつくりと触るのだった。



追記:
実はリアルの話をすると、2018年1月23日にベトナムのダナンにいたときに、偶然遭遇したことです。この日近くのホイアンという町からバスで移動するときに、通りすがりではみんなサッカーの試合にくぎ付けになっていました。
ダナンについてホテルにチェックインして部屋の窓からの騒然とした空気が流れ、この騒ぎがはじまります。
 別にみんなが勝手に騒いでいるだけで外国人にである私に何の影響もありませんでした。ただめったに見られないシーンに出くわしたので、興奮して心に残ったということだけは記憶に鮮明です。

 このいきさつの詳細は、こちらに書いていました。


「画像で創作(4月分)」に、砂男さんが参加してくださいました

10年前いや5年前の過去の記憶。それは大人の男女の間の、もう思い出したくないやり取りの一部始終という。それが毎年変わらず咲き、そして散っている桜を見るとついつい記憶からよみがえってしまう切なさ。
読んでいて深みを感じる作品です。どうぞご覧ください。


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シリーズ 日々掌編短編小説 454/1000

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