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キャンプの話をしよう 第542話・7.18

「それはまた、豪華ですね」修平は、ある客のキャンプのやり方に、驚きとともに息をのむ。
 これは、15年くらい前の話。修平はあるビーチのキャンプ場の3代目であった。この当時は修平の父が社長だったころである。昭和の時代は、多くのファミリーでにぎわっていたキャンプ場。だが平成に入ると徐々に客足が減っていく。かつては近くにライバルのキャンプ場が複数あったが、ことごとく閉業に追い込まれ、修平のキャンプ場だけが、かろうじて生き残っていた。
 修平の父はこの状況を打開しようと模索。若い修平の意見を聞きながら、キャンプ場のセンターに、若者が楽しめそうなバーを開店した。こうして少しでもキャンプ場に客が来るように試行錯誤の日々。将来を継ぐことになっている修平も、日々学びを実践を繰り返していた。

 そんなある日、平日に来たのは三十歳代くらいの男女。一見夫婦に見えるが、実はその手前の状態かもしれない。いずれにせよ仲は良さそうだ。実は修平たちが経営するキャンプ場は、公共交通のバス停からは、少し離れていた。バス停まで車で10分程度かかる。歩けば軽く1時間はかかるのだ。

 そのようなこともあり、基本的に来るのは車の客ばかり。駐車場を充実させ、カーキャンプもできるスペースを用意している。だがこの客は、多くの荷物を背負って歩いてきた。
 話を聞けば1時間かけて歩いてきたのだという。
 そんな話を聞いた修平は驚きつつも、この客の担当として、あらかじめ予約していた貸し出す道具一式を用意した。とりあえずバーベキューのセットと、折り畳み式のテーブルと椅子をもって、指定の場所に向かう。
 修平一家が代々所有しているキャンプ場のビーチは広い。ところが実はまだ未使用で放置しているところも多いのだ。開発したいが、人を雇っているとはいえ、家族経営がメイン。エリアを拡張するほど客も来ない。だから放置されている。

 この客は、にぎやかな中心部ではなく、少しプライベート感が味わえるビーチの端の方を希望した。修平はその場所までバーベキューセットなどを持っていくと、その場に置く。
「あと、テントとか持ってきますので、もう少しお待ちください」
 修平は一旦戻り、テントを持って再びこの客の元に戻ってきた。すると、テーブルには、見たことのない絵柄のクロスが敷かれている。さらにその上には、氷が入ったワインクーラーに入ったスパークリングワインのボトル。  
 その上、ワイングラスも持参しているではないか!

 修平はこの客のキャンプのやり方に、それまでの固定観念が覆された気になった。普通のキャンプならテントを用意するとBBQで肉や野菜を焼く。プライベートビーチなので、その気になれば釣りもできる。そして釣った魚を焼くこともあるだろう。あとは缶ビール片手に簡易的な容器で食事をしたり、カレーなどのレトルトの食品を用意したりする。そして飯盒(はんごう)などで、炊きあがったご飯を味うものだ。

 だがこの客は違う。あたかもキャンプ場のビーチをバックに、アウトドアでディナータイムを楽しもうというのだ。
 さらに話を聞けば、とある国の調味料も、持ってきているという。そしてバス停近くの魚屋で、今朝取れた地元の魚を買ってきたとか。修平が見ると、鮮度の良い魚が、客の持参したクーラーボックスの中に横たわっていた。大きな魚1匹のほか、二枚貝、また頭付きのエビも入っている。

「こだわられていますね」思わず修平が口に出す。するとその客は嬉しそうに会釈する。修平はテントの設営を行った。ランプのレンタルも受けたのでランプを用意。客のふたりは、魚に下味をつけたり、野菜をカットしたりと、ビーチをバックに調理を始めていた。


「あの人たちどうしているのだろう」ちょうど夕暮れどきに、修平は担当した客の所を見に行く。本来こんな義務とか役目はない。でもその後が気になったから警備という名目で向かう。
 そして薄暗くなったビーチを歩く。もう太陽は水平線より下に沈んでおり、赤焼けた空だけが幻想的な世界を醸し出している。修平はそして客の前に来た。そこはまさしく映える風景がそこにある。幻想的な明るさ、定期的に押し寄せる波のリズムのBGMが続く。そしてそれらを取り込み、見事に調和をさせた空間を、導き出している中でのディナー。

 ランプの不安定な明かりが、何とも言えない優雅な空気を見せつける。修平は遠くから様子を眺めて、ふたりに気づかれないように見ていた。男女の客は嬉しそうに談笑しながら、スパークリングの泡がゆっくりと上昇しているグラスのワインを傾ける。そしてしっかりと盛り付けられていた魚が、ちょっと高そうな皿の上。これも恐らく持参したであろう、シルバー色に輝くナイフとフォークを使ってディナーを楽しんでいた。そして横にはカットされたバケットが置いてある。

「これ本当に俺のキャンプ場?」 修平の目には日本の田舎にある小さなキャンプ場が、どこか海外にありそうなバカンスの名所のように、見えてならない。

ーーーーーー

「社長!」と読んだのは妻の佳奈。3年前に結婚した彼女の肩書きは専務であった。
「何やっているんですか?」「ああ、いや」修平は過去の記憶から現代に戻ってきた。目の前では当時と何ひとつ変わらないビーチ。定期的に波がリズム感ある音を出している。
「どうせ若いときのこと思いだしたんでしょう」佳奈は修平の考えていることはお見通し。「うん、でもあれからだってね」「それが今ではグランピングになった」佳奈の言葉に思わず修平の口が緩む。

 修平はあのときの客を見てから、キャンプの在り方を考えた。既存のキャンプとは違う、もっとアッパーなキャンプの楽しみ方をである。それがいわゆる『グランピング』という形で花開いた。修平の努力も実り、このキャンプ場の噂はどんどん広がっていく。
 そしてついに多額の投資をして未開の地を本格的に開発。そこは特に高級区画として、芝生で覆われた庭付きの建物を用意した。そこにテントを張りながら、庭で楽しめるようになっている。その上プライベートで楽しめるカヌーも用意。また魚のほか、高級な肉などの手配もするようになった。そんなグランピングには、連日多くの人からの予約が殺到。修平の作戦は、見事に成功したのだ。

「まあ、君が客として5年前に来てくれたのも、それがあったからな」「まあ、そんなこと」思わず佳奈は顔を赤らめる。「ハッハハハ!」それを見た修平は、思わず声に出して笑うのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 542/1000

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