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銀世界のウォーキング

「一体ここどこ?あれ、私何してたの」気が付けば女性は、ここに来るまでの記憶を完全に失っていた。目の前には一面銀世界が広がっている。「うあ、寒い!」女性はワインレッドの色をしたコートを来ていたが、時折吹く風に顔が当たる感覚を受けると、体が震える気がした。

「とりあえず歩くしかないわ。そのうち手掛かりがつかめるかも」方向もわからないまま、女性は歩き始めた。最初はなにももない銀世界。歩いていると、やがて積雪が少ないところに出くわした。よく見ると、隙間からアスファルトの道路であることがわかる。

 そのまま道路沿いを歩いていく、ここは丘になっていたのか?大きくカーブしたような、下り坂がだらだらと続く。やがて雪化粧していた木が無くなり、下界への視界が開けた。
「あ、町が見える。あそこまで行けば、ここがどこかわかるかもしれないわ」

 女性はそのままウォーキングを続ける。ようやく下に降りて街に出た。街も雪一面に広がる銀世界。相変わらずの雪国だ。
 それでも意識が戻った直後にいた丘の上と比べるとずいぶんと、気が楽になる。ます歩道と車道が分かれていた。さらに歩道に放置している自転車やお店の横に雰囲気を醸し出す植木のようなものがある。そんな人の「香り」がするような光景を見ているだけで、自然と安心感が湧いてくるのだ。

 しばらく歩くと目の前に足跡があった。「誰かいるのかしら?」と女性が顔を上げて前を見る。少し前には黒っぽい服と茶色みがかった色のズボンを履いて少し猫背姿の男性らしき人物が歩いていた。
「地元の人かしら、どこに行くのだろう。そのまま駅とか言ってくれたらうれしいんだけど」
 女性はまだどこにいるのか全く手掛かりがつかめない。だから、可能性を求めてその人物の後をつけることにした。

 このとき女性はあることを意識する。それはあまり男性に近づかないように注意。近づきすぎて気づかれると怪しまれると思ったからだ。距離にして10メートルほどであろうか、男性の歩くスピードに合わせながら女性は後を追いかける。
「少し近づきすぎたみたい」少し男性との距離が近づいたようで、猫背の体が大きく見えてきた。女性は歩速を遅くする。「あれ?」しかし男性との距離がさらに縮まった。

「感覚がつかめないわ。一回止まろう」女性は足を止めた。ところが止まっているはずなのに、男性との距離がさらに縮まるのだ。
「ちょ、っと。あれ?」女性の視界はどんどん男性に迫ってくる。試しにバックしたが、効果が無い。距離はどんどん近づいてきた。
 あっという間に1メートル近くすぐ目の前に男性の背中。「い、やああ」女性は横に体を避けようとするが間に合わない。ついに男性の背中に衝突か! 直前に男性が女性のほうを向く。「あ!」女性はその顔に見覚えがあった。
 その瞬間、男性の体にそのまま激突。全身に衝撃が走る。

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「おい!」「う、あ、あれ?」気が付けば家の天井。目の前には夫の圭がいた。「ホアちゃん、大丈夫か?」「あ、ああ、あれって夢か」ホアはようやく我に返る。
「ずいぶんうなされていたから、起こしたけど」「あ、圭さんが雪道を歩いていた夢見たよ」「え、俺が?」
「うん、それも猫背で」「猫背?なんとなく嫌だなそれ」圭は露骨に嫌な顔をした。
「それで、私、圭さんの後ろからこの前買ってもらったワインレッドのコートで歩いてたけど、途中でぶつかっちゃった」と、対照的に嬉しそうにつぶやくと、小さく舌を出すホアだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 342

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