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寒い日のおすすめ 第1082話・1.18

「でも」といいかけたが口を押えた。それは確かにそうかもしれない。だがどうも納得できないのまま、違うことを言ってしまう。

 私はある団体職員だが、この団体が主催する公募作品の審査員をしている。この公募作品は「寒い日」というテーマで自由に書いてもらおうというもの。私の立場は1次審査などを通過し最終審査に残った作品を審査するのだ。ちなみに大した金額ではないが優秀な作品には賞金が出る。

 この審査は他の審査員と同じ場所で審査するもの。最終審査員は私も含め7名である。最終審査に残った作品は団体の所有するビルの2階と3階部分に該当するミニホールのようなところで行われた。数百人は入れるホールの最前列に審査員席を設けて私以外の6名が座る。
 ステージの上では団体職員でも非常に古株、私の上司のような立場の人がいて読み上げていく。私以外には団体の代表や副代表といった幹部クラスがいるが、ふたりだけ若い職員が男女1名ずつ審査員を行う。これは年寄りの意見ばかりになってはいけないというバランスを考えてのこと。だから私が選ばれた。

 司会というか、発表担当の上司が作品を読み上げる。それに関してひとりづつ意見を言ったのち、最終的に選ぶわけであった。最終審査に残ったのは10作品で、この中から大賞を選ぶのだ。
 一番目から発表が始まった。一応文章は400字詰め原稿用紙3枚から5枚の間と決まっているので、少なくて1200字多くても2000字程度の文章。だから最初から最後まで一字一句朗読する。担当の上司は学生時代には放送部に属していてプロのアナウンサーを志していたそうだから、朗読は得意だ。

 こうして審査が始まる。最初から順番に朗読されそれに対してひとりずつ感想を言う。私はなぜか7番目に言うことになっている。この順番は左から順番になっており、一応公平性を期すために最初にくじ引きで選んだ。ただそれだけの事。だけど5番目が団体副代表で6番目が団体代表だ。私は意見が言いにくくて仕方がない。

 それでも最終審査に残った作品は当たり障りの無いものばかり。「寒い日」がテーマだから雪のことやクリスマス、正月、節分など、冬の間に行われる行事や気象現象について持論を展開するエッセイのようなものか、もしくは小説っぽいものばかりであった。

「つまんないなあ」私は6作品めくらいから飽きてきている。「なんで、こんな審査員に、ふぁああ、あ!」思わずあくびをしそうになって慌てて口を押さえた。油断してはいけない、私の横には団体の代表がいる。これは一般の企業では社長なのだ。

「はい、次が最後です」と言ってステージ上の上司がそういった。「やっと終わるのね」私はまもなくこの退屈な場所なのに、妙に緊張するこの不思議な空間から逃れられると少しうれしくなってきている。
「どうせ大した内容じゃないんでしょ」私はそう思い込んだ。その作品のタイトルは「寒い日のおすすめ」である。

 こうして朗読が始まったが、いきなり私は今までの作品とは全く異質のものであると気づいた。それは他の審査員も同様で、「うーむ」という唸り声のようなものが聞こえてくる。その内容はあまりにも奇抜で、常人では考えられないような発想だからだ。
「寒い日はわざと薄着をする。外にいるときは凍えるが、部屋に入れば着こんでいる時よりもより暖かく感じる」
「コタツには電気を入れない。代わりに冷たいものを入れる。そうすれば当然冷たいが、その冷たい拠点に足を入れないように気を遣うから、そのスリルが楽しい。また冷たいから猫が丸くなることもないはず。こたつの上のミカンも凍らせた方が面白いでしょう」
「アイスクリームを常備し、いつも食べる。一瞬体が冷えるが、しばらくすると、人間の体温があるから温かくなるはずだ」といった具合の事を延々と書いている。

「なにこれ?」私は心の中でつぶやいた。確かにテーマには合っているが、これが最終審査にまで残っていることに疑問を持つ。
「以上です。では皆さんの感想を」朗読が終わる。私はこの作品には否定的なことを言おうと思った。なぜならばあまりにも常軌を逸しているような内容にしか思えないから。

 ところが意外なことが起こった。最初の審査員がいきなり「面白い、斬新だ!」と言い出した。2番目も「この発想なかったな。やられた」と言うではないか?「なんで、みんなこんな奇抜な...…」私は他の審査員の講評に思わず大きく目を見開いた。

「最初は驚きましたが。僕は好きです」あろうことか、私同様に若者枠で選ばれた男性職員までも好意的だ。てっきり年配者のツボにはまっただけかと思っていたのに、私は次の言葉が浮かばない。
「いいねえ。これいいよ」と副代表が言い出すと私の横にいる代表までもが
「副代表の言うとおりだ。こんな斬新な発想はない。わが団体がこのような斬新な考えをもっと取り入れようではないか」と言い出す始末。

 こうして私の出番が来た。私は否定的に思っていた。「でも」私は小心者である。この状況に本音は言えずに「皆さんの言うとおりだと思います」と言ってしまった。


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