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マレー素描集。(シンガポールのモスリム事情)


東南アジアの中で、日本人がもっとも好きな国「シンガポール」。清潔で治安が良く、時間に正確で、英語が通じて、ごはんも美味しい。
そのシンガポールをマイノリティ側からスケッチした48の短編集。その陰翳の視点にハッとさせられた。
例えば、こんな物語ーー

 ニューヨークの大学で学ぶヒダヤは、自己紹介の仕方を思案する。

「ーーアジア人、マレー人、ムスリム、シンガポール。ここの四つの分類を提示する組み合わせは十六通りある。そのうちのどれを使えば、ニューヨークではわかってもらえるのだろう。
お客

私なら
「黄色人種、日本人、大阪出身、既婚」
人種、国籍、出身地、miss or not だろうな。
なかでも、シンガポール人なのに「マレー人」の由来を他国の人に説明しづらいし、解ってもらえないに違いない。

シンガポールとマレーシアは兄弟のようでいて、政治や文化が異なり、歩いている渡れる国境の距離感だが、透明の壁が隔てている。
一例をあげれば、シンガポールからマレー半島側に住まいを移すことは「引越し」であって「移住」とは呼ばない事実がある。
1965年にマレーシアから分離独立し、マレーシアの州から国になったシンガポール。元々シンガポール州は華人の多い地域だったため、こちら側では「マレー人」はマイノリティ。「マレー系」民族は13%、主流の「華人系」は64%なのだ。一方、島から出てマレーシア側へ行くと「マレー人」70%、「華人系」22%とシェアは反転する。
本作でも、祖父母の家マレーカンポン(田舎)へ行くと、自分はどっち側の人間なのか、複雑な思いを描く短編もある。

また、「マレー素描集」に描かれた、双子の兄弟の物語では、兄はマレーシア首都に定住し成功をおさめ、弟はシンガポールに残りどうにか稼いでいる。
シンガポールには俺たちの未来はない」と兄はいい、
俺たちの過去はシンガポールにあるんだ」と弟は応じる。 

その上、48短編の中には特定地区の、暮らしのひとコマが散りばめられている。早朝の朝食の様子から、放課後サボる生徒のエピソードまで、シンガポール居住者の心情に響く構成だ。

パヤ・バレー 午前五時
ゲイラン・セライ 午前六時
テロック・ブランガー 午前八時
タンジョン・パガー正午
パシ・パンジャン 午後三時
  ・
  ・
カキ・ブキ 午前三時
目次より

上記、町の二十四時間の切口は、
わずか8行の超々短編すら、とても興味深い。


そして、出版社名はルビなしでは読めない。難し過ぎて書けない(苦笑) 。しかし、変形版の装丁や本文のザラザラの紙ざわりが、すこぶる好みだ。紙質からして頁をめくるワクワクもあり、気に入ったエピソードは何度も読み返した。貸出本だが、手元に置きたくなる、推しの一冊だ。

MALAY ASKETCHES     ★★★★☆4/5
 ALFIAN SA’AT
 訳:藤井光 
 *藤井さん翻訳の「死体展覧会」も良かった。

英語版の装丁❤︎

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