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過ぎゆく夏の音を追いかけて。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -10(最終回)

「そうだな、まずはこれ聴きなよシロウ、Sex Pistolsな。」
「S…Se…なんでそんなハレンチなネイミング?」
「カイト、ジュースおかわり!」
「えーと、これはそもそもPUNKっていってさ…」
「ひとりで菓子ばっか喰ってんじゃねーよヒサミツ!」
「…いやいや破廉恥なんて言葉、フツー帰国子女は知らないだろ…」
「お、マタヒコまたウンチクかよ〜?」
「あーーうるさいっ!」


毎日がボンヤリと冴えない梅雨の空模様と裏腹に、僕らは放課後に申し合わせるまでもなく学校から目と鼻の先のカイトの家に集まり、
片っぱしからCDを聴きあさっては時に大合唱して夢想にすぎないバンド話を飽きることなく繰り返していた。

まるで雨期の蛙かの如く。

これは比喩でもなんでもなく、この季節カイトの家の裏にある田んぼから突如はじまる蛙たちの大合唱はシャレにならない音量で、会話すらもままならなくなるのだ。

こんな日常が青春の一コマと言えるのなら、彼らはもっと必死に青春を謳歌している。
僕らはこの時点でバンドにすらなっていない。

(あーなんとかやつらをその気にさせて楽器買わせないとなぁ)

そんな蛙たちの歌うステージは、一帯の地主であるヒサミツ家の土地である。


そうして僕らが迎えた中学生最後の夏休みは、いわゆる受験勉強なんて別世界の話か? という様相を呈していた。

その日やつらは相変わらずうわの空で、へらへらと自転車でこのまま海に泳ぎに行こうぜなどと言いはじめた。

君たち少しは危機感とかないのかい。

僕はといえば何気に塾などに通っていてわりとそつなくやっていたので、この日はしぶしぶ誘いに応じ行動を共にすることにした。


「…でもそういえばママンから、あの海には "Seven Bucket's Rock"っていう怖い伝説があるってきいたけどだいじょうぶかな…」

シロウが誰にともなく不安そうな声で呟く。

「セブンバケツ… あー、七桶岩?」

「え、なにそれどんな話よ?」

「何だよ、オマエらそんなことも知らねぇのかよ。」

やけに得意気な顔をしたカイトが自転車を停め口をひらいた。

「この海岸には昔から伝わるちょっとした話があってさ。
むかしむかしこの辺に暮らしてたひとりの婆さんが、ある朝見たこともないようなデカイ蛸が岩場に出たもんだからこれはと鉈で足を一本切って桶一杯にして家に帰ったんだけど、そしたら次の日もまた同じ蛸がいるわけよ。婆さんのヤツ、味をしめて毎日一本ずつ切っては七桶分も持ち帰って、ついにこれで八本目! ってとこで突然! 蛸が! 最後の一本の足を婆さんにぐるりと巻き付けて海の底まで引きずり込んじまったのよ!
っていう伝説の岩がここなわけ!」


「へーそうなんだ。」


僕らはそうやって毎年夏になると、畏れもせずその岩のある防波堤から飛び込みをしては陽が暮れるまでよく遊んでいた。


文字通り水を得た魚のごとく飛び込みをループするカイト、生っ白い肌で防波堤の上から躊躇しているシロウ(後に落とされる)、中学生にもなって浮き輪持参でぷかぷか浮いているだけのヒサミツ。

わかってる、こんな夏は永遠に続かないよな。

僕は最大限の助走をつけ、裸足で防波堤の粗いコンクリートを思い切り蹴る。

トンビの鳴き声や人々のざわめき、夏の音たちが一瞬にして水底に消えた。

数秒後、世界に音が戻る。


「あのさ、受験が終わったらバンドやんない?」


富士山の影に沈みはじめた夕陽が、水面にゆらゆらと光の名残りを散らしている。


「一応、それまではもうちょっと勉強がんばってさ、そんで晴れてみんなで楽器買いにいこうぜ。」


こうして僕らの最後の夏は過ぎていった。


半年後、やつらは全員見事に第一志望校に落ち、3人ともが同じ私立高校に通うことになった。

仲良しかよ!


ー中学生編 完ー


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