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世に一つしか存在しなかったプレイリスト。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -5


部屋で流していたFM放送はいつの間にか深夜番組に変わり、僕はラジオのスイッチを切った。
家族も寝静まった夜中にひとり、CDラジカセの前に座り込む。
山積みのCDとカセットテープ。
よし、これで事を始めようじゃないか。


翌日、昼休みを知らせるチャイムが鳴り渡り、クラスのみんなは脱兎の如くそそくさと席を立ち、トイレに行ったり、購買にパンを買いに走ったりした。

僕は、まだ席に座ったまま大事そうに筆箱を片付けているヤツの机まで歩いていく。

「これ。」

「あ? なんだよ。」

「あげる、聴いてみなよ。」

一方的に46分のカセットテープを押しつけると、ヒサミツは訝しげな顔をして僕を見上げた。そう、ヤツとはまたしても中学で同じクラスになっていたのだ。

「なんだよ、おニャン子じゃねぇの? 」

おニャン子=おニャン子クラブとは、言わずと知れた当時絶大な人気を誇っていたアイドルグループ。いわばAKB的な存在であり、同じく秋元氏が立ち上げたプロジェクトである。大体、男子は誰かしら好きな推しがいた。

何言ってんだよ、寝不足上等で作り上げたミックス・テープだっつうの。
しかもこれ、とっておきのThat'sのメタル・ポジションだぜ。

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カセットテープには記録音質のグレードがあり、ノーマル、ハイポジ、メタルと大きく分けて三種類、メタルはその最上媒体。当然値段も高く当時で一本¥1,000以上はしたハズだ。中学生にはわりと痛いコストである。

「残念ながら違うんだけどさ。ふーん、ヒサミツ、バンドとか聴かないんだ?」
わざと嘲笑気味な流し目をして見やる。

「べ、別に興味ねぇし…。お、これメタルテープじゃん?」

(かかった・・!)

小学生の時から、トレーナーやスニーカー(上から下までadidasで固めていた)、筆箱までブランド志向、かつ貴族的なプライドを持つヒサミツに、あえてそこを吹っ掛ける作戦に出てみたのである。

「まぁいいから騙されたと思って聴いてみ? ヒサミツならこの良さ解らないわけないでしょ!」

この片田舎の学校で、音楽仲間を探したってどこにもいるわけが無いのはもう火を見るより明らかだ。
だったら、もう作るしかない。
当たって砕けろだ。

彼との出会いこそまぁまぁサイアクだったが、ある意味、独特の美学を持つヒサミツ少年に、一縷の望みをかけてみたのである。

自分が最高だと思っている曲を、予備知識も無しに聴かせる。
仮に理解されなかったとしても、これが好きで格好イイって思ってる気持ちは伝わる筈だろう。

そう、これはまさしくあの日、吉岡に受けた通過儀礼そのものだ。


カセットテープの収録分数を計算しながら曲を選び、1曲ごとにCDを変え、その度にテープを止め、レタリング・シートで曲名を所狭しと転写(これがアホらしい程手間が掛かる)した、世に一つしか存在しないフィジカルなプレイリストだ。


シンプルな情熱だけが地味な努力を凌駕するのだ。

そして、僕は勇気を出してダメ押しをする。

「それとさ。今日帰りうちに寄ってみない? 観せたいやつあるんだよね。」



ーつづくー


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