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見えない銃を撃ちまくるしかない。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -4 

ハードル跳びのエリアからひと際大きな歓声が上がった。ちょうどスタートしたばかりのようだ。状況を把握しようと順位を確認した僕は目を疑った。
え…?!
先頭には、他校の選手に大差を付け、カラフルな装いの中で唯一、緑色のジャージと白いスニーカーをまとったやつがぶっちぎりでトップを走っていた。

「す・・すげぇ、ノビじゃんっ!」

まるでスローモーションで再生されたかのように、美しいフォームがハードルの上空を一直線に跳んでいく。そしてその華麗なる飛翔体は微塵も失速することなくゴールを駆け抜けた。

「うおおおーー! ノビ、やった一位だーーー!」

カピバラの一行もこれには思わず大歓声だ。

他校のチームからもどよめきが起きている。無理もない、名前を聞いたこともない無名の学校の選手に圧倒的な差をつけられ一位を奪われたのだ。何ならせせら笑っていた(きっとそうに違いない)、ダサい緑ジャージのおかっぱ頭のやつにである。

この彼こそ、彼なのである。

マンガ仲間(毎月買っていた「アニメージュ」のナウシカの連載を一緒に読んでいた)はいつの間にかディープなオタク化の一途を辿るばかり、
消去法で選んだ陸上部のやつらは顧問がチョロいという理由だけで在籍しているので基本的に何に対してもやる気が無い。

通称=ノビは、たしかに中学生にしては屈強な体躯を兼ね備えてはいたが、争い事を好まぬいたって穏やかな人物であり、彼もまた大変立派なオタクであるがゆえ、非積極的な理由から同じ陸上部に在籍していたのだ。
普段は、教室で一緒にナウシカの最新話について論議したり(漫画版では巨神兵に日系企業の製造商標が記されているのをご存じだろうか)、彼の描いたイラスト(最近はめっきり美少女が増えてきた…!)を見せてもらったりしていたので、まさかこんな事が起こりうるなんて誰ひとり想像していなかった訳なのである。(おそらく本人すらも)

ましてや、対する他校の選手は、イケてるユニフォームの上下に高そうなスパイクで完全装備した連中ときている。そもそも当の僕らが端から大会は適当にやり過ごして、帰りに駅そばでも喰って帰ろうぜ〜 くらいのノリだったので、まさしく寝耳に水、藪から棒、青天の霹靂である。(そしてこれすら顧問のジンケンは見逃していたというお粗末。)

案の定、他の種目では壊滅的な記録を残し(もちろん僕の失格含め)、大会は幕を閉じた。しかし僕らはまるで自分が偉業を成し遂げたかのごとく、意気揚揚と帰路についた。ノビはそんな時も静かに微笑んでいるだけだった。

そんな朝の陰鬱さとは打って変わって、思いがけず充足した一日となった。僕は部屋でラジオ(なぜかFM富士が入ったのだ)を流しながら、今日のことを反芻していた。部活のみんなとのほぼ初めてと言っていいような連帯感、ノビの類い希なる隠れた身体能力のお陰で、まさかの入賞という共有体験も持ち得た。それは素晴らしいことだった。特にこんなクズみたいな僕らにとっては。

ただ、それと同時に僕の中でハッキリしたことがあった。

ふいにラジオから、当時の心の師匠である番組DJの大貫憲章さんの喋りが聞こえてきた。(後にお会いする事になるのはまだずっと先のことだ。)

「新しい曲かけるぞ、お前らちゃんと聴けよ!」



いったい僕はどこに走っていくんだ?

違うだろ、行き先は知ってるはずだ。

いま僕が必要とする仲間は彼らではないんだ、残念ながら。
そして僕が走るべき場所は競技場のトラックの上でも無い。

見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくるしかない。

15歳、夜のとばりはまだ降りはじめたばかりだ。


ーつづくー


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