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夏夜怪奇譚。

【第一夜】

これはもうずいぶん前の話になる。

その頃、お付き合いをしていた女の子と車で都内へライブを観に行った帰り、かなり遅い時間になって、僕の運転で横浜郊外の環状線を走っていた時のことだ。


その時間になるともう他に走る車もなく、僕らはとりとめのないライブの感想などを交わしながら、夜の街道を進んでいた。

沿道には人影はもちろん、建物すらなくかなり視界がひらけていて見通しがよすぎるくらいの道路だった。

道はしばらくまっすぐだったが、当時はカーナビも付いていなかったので、一応、道路案内標識を確認しておこうと空に目をやった。

その時、そこに明らかにあるべきではない光景が目に入った。

ずっと遠くまで見渡せるその真っ暗な夜空に、それは浮いていた。

「ねえ、ちょっとごめん、あれ何だと思う…?」

カーステレオから流れる曲に合わせ口ずさんでいた彼女に訊ねた。

「なに? えっ、これどういうこと…」

ふたりが見上げた遙か遠くの空に、真四角でオレンジ色に光る "何か" が浮かんでいた。

そしてなにより、その異様さを際立たせていたのは、それが "立体ではない" とてつもなく巨大な "何か"、だということだった。

日中だったら飛行機が行き交うような位置、おそらく地上から10km以上は距離がある上空に、まさしく道路案内標識かの如く人工的に切り取られてるとしか思えないような形で、あろう事か同じ大きさ(明らかに距離が遠いのに)で宙に存在しているのだ。

つまり、僕らの走っている場所からすると、その現尺は果てしなく巨大だという事になる。

もし、天空の城ラピュタが浮いていたら、そんなくらいに見えるのかもしれない…という妄想が僕の頭をよぎった。

しかも、それには何故かいっさいの奥行きが見当たらないのだ。

「よく見て…!」

「雲…?!」

その煌々とオレンジ色に光っている四角い場所には、こともあろうに雲が見えているではないか。

あれって…夕焼け…?

そう、その真っ黒い夜空の一部は、プロジェクターのスクリーンの様に切り取られ、そこだけが紛うことなき "夕方" になっているのである。

眩しいばかりに夕陽が乱反射し、浮かぶ雲はきっちりとその枠で見切れているのだ。

まるで、そこだけが夜になるのを忘れてしまったように。

ふたりとも、無言だった。

呆然としながら、ハンドルは握ったまま、僕はアクセルを踏んでいた。

そして、走り続ける車は、つまり、その枠の下を通過する事になった。

僕はバックミラーで、そして彼女は助手席から上半身をひねり振り返る。

そこには、その裏側には、ただ黒い夜の闇が存在しているだけだった。


ー終ー


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