輪廻の風 (4)


エンディは、なぜ自分が泣いているのか分からなかった。

少女と目があった瞬間、稲妻に打たれたような衝撃が全身に走った。

歓喜とか、感動とか、そんな言葉ひとつでは表現しえない感情だった。

心が打ち震え、鳥肌が止まらなかった。 

少女は、目の前で号泣しているエンディを見上げ、ポカーンとしていた。

そして、少女は再び、そっと目を閉じた。

「あ!」
やばい、また気絶してしまった、いや、もしかしたら死んでしまったかもしれない。

そう思うと、正気ではいられなくなり、少女を抱き抱え、走った。

走り出すと同時に、雨が降ってきた。

海を離れ、再び麦畑や果樹園のある方へと走った。畑道を抜け、街に出た。とにかく走った。

「病院はどこだ」

気が動転しながら、病院を探しながら街を走り回った。日が沈み、雨も強くなってきたからか、人が全然歩いていなかった。

冷たいはずの雨が、不思議と温かく感じた。
どれくらい走り回っただろう、ようやく小さな町医者を見つけた。

「やった!もう大丈夫だからな」

そう叫びながら、病院の閉まったドアをドンドン叩いた。勢い余って、危うくドアを破壊してしまうところだった。

「何だようるせえな、今日はもう閉めてんだよ」

頭の禿げたビール腹の中年のおじさんが、気怠そうに、苛立ちながら、文句を言いたげに出てきた。

「この子、沖合いで倒れてたんだ!多分遭難者だ、何とかしてください!お願いします!」

今日はもう閉めたというおじさんの言葉になど耳をかさず、少女を抱えたまま深々と頭を下げた。

「なに、遭難者だと?それは大変だな。うーん、分かった。診てやるから入れ。」

エンディに圧倒され、何やら只事ではないと察すると、ドクターは重い腰をあげ、2人を中に通した。

小さな病院だったが、屋内は思ったより綺麗だった。このオヤジ、見た目によらず綺麗好きなんだなと、エンディは思った。

玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えると、目の前は受付だった。そのすぐ横には大人5人は座れるであろう長椅子が三列に並べられていた。待合室のようだった。

受付を通り越して小さなドアを開けると、そこは診察室だった。

診察室の机には、おそらく患者のカルテであろう資料と医療器具のようなものが、きちっと整理整頓されているかんじで置かれていた。

ドクターは少女をベットに寝かせるようエンディに指示をした。

「こんなところまで運んで疲れたろ、あとは俺が責任を持って見ておくから、お前はもう帰れ。」

「え、いや、一応俺も・・・」

「何が一応だよ、ああ分かった。じゃあ待合室で座って待ってな」

そう言われるとエンディは診察室を出て、長椅子の1番奥の端っこに腰をおろした。

「頼むから無事でいてくれ。」
初対面で、言葉も交わしたことのない少女の回復をひたすら祈った。頼むから何事もなく、元気にと。

20分ほど待つと、診察室からドクターが出てきた。20分がこれほどまでに長く感じたことはなかった。

「心配すんな、疲労と軽い栄養失調で寝込んでるだけだ。点滴打って一晩寝れば元気になる。今日はあそこで寝かしとくからお前も安心して帰れ。」

「帰る家なんてないんだよ」

「そうなのか?」

気まずそうな様子でドクターが言った。

「ごめん、だから俺も今夜はここに泊めて欲しい。この子も目が覚めて知らない部屋にいたらびっくりするだろうし、こんな雨の中外に出て悪化したら大変だ。俺がここで見張ってるよ。」

「分かった、好きにしろよ。朝9時には店を開けるから、それまでには出てってくれよな」

そう言い残し、ドクターは診察室の入り口横にある階段を上っていった。どうやら上の部屋がドクターの住居のようだった。

見張ってるなんて言ったものの、少女の無事を知り安堵すると、今日1日の疲れがどっときた。

それにしても濃い1日だったなと思い、そのまま眠ってしまった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?