輪廻の風 (7)


「そう、大変だったんだね」

ラーミアは悲しげな表情を浮かべながらそう言った。

「あ、ごめん急にこんな話して。反応に困るよね。」

「ううん、大丈夫だよ、謝らないで」

エンディはハッと我に帰り取り乱した。

初対面の、それもついさっきまで療養していた女の子に、なんて重い話をしてしまったんだろうと思い、途端に恥ずかしくなった。

「ラーミアはどうして1人であんな小さい船に乗ってたの?」

早く話題を変えなきゃ、という気持ちもあったが、エンディは個人的にその事が気になっていた。

「誘拐されちゃったの」

「え!?」

サラッと物騒なことを言うものだから、ずいぶんと肝っ玉のすわった子だなと、エンディは感心した。

「私普段、王室で給仕として住み込みで働いているんだけど、いつも通り仕事をしていたら変な格好した人達に突然囲まれて、そのまま拐われちゃったの。大きな黒船に連れてかれて、黒船はそのまますぐ出航しちゃって。ずっと見張られてたんだけど、船が出て半日も経った頃には監視の目も緩くなってきて、それでなんとかみんなの目を盗んで緊急用の脱出ボートで逃げ出したの」

「ええ、大変だったね」

なぜか他人事のように思えなくて、エンディは唖然としていた。

「でも、どうして誘拐なんかされたんだ?」

「…わからない。早くディルゼンに戻らなきゃ。」

ラーミアが何かを隠しているのは明白だった。しかし、エンディは鈍感だから気づかない。

「あのさ」

「ん?」

「俺たち、どこかで会ったことないかな?なんて言うかその、ラーミアを初めて見た時にすごい懐かしい感じがして。」

「初対面だと思うよ。」

「ははっ、そうだよな、ごめん急に、どうかしてるな」
ラーミアのはっきりとした口調に、エンディはしょぼくれた様子だった。

「でも不思議だね、私もエンディとは初めて会った気がしない。」

「え?」

「なんだか、ずっと昔からお友達だったみたいな感じがする」

ラーミアが優しい顔でそう言うと、エンディはジーンときた。

「また泣くの?」

「泣かないよ」

からかうようにそう言われ、少しだけムキになった。

「4年前の夏の嵐の夜、それってもしかして大陸戦争が終結した日じゃないかな?」

「大陸戦争?」

「4年前の夏、500年続いた戦争が終結したのよ。それも、その年1番の大雨の日に」

そんなことがあったなんて全然知らなかった。いや、きっと覚えていないだけなんだろうとエンディは思った。

「私たちが今いる大地は、ムルア大陸と言われる巨大な大陸なの。500年前、ムルア大陸には50を超える国が点在していたらしいわ。それを、それぞれの国が大陸の統一を目指して、500年間戦争が続いていたの。休戦していた時期もあったらしいけど、10年前にとうとうバレラルク王国とドアル王国の2カ国の全面戦争に発展して、4年前の夏、バレラルク王国が勝利したの。」

「そんなことがあったのか、それでバレラルクが大陸を統一したと。」

「そういうこと。ねえ、もしかしてエンディの記憶喪失は、この戦争と何か関係があるんじゃないの?」

エンディも同じことを考えていた。そしてなぜか胸騒ぎがした。

「私と一緒にディルゼンに行こうよ」

「へ?」

下を向いて深刻な顔をしているエンディはそう言われると、驚いて顔をあげた。

顔をあげた次の瞬間、ラーミアはエンディの前に歩み寄り、両手でエンディの右手をギュッと握った。

「私があなたの記憶を取り戻すお手伝いをしてあげる。」

なぜ?とエンディは不思議に思いポカーンとしていた。

「記憶が戻るまで私がそばにいるよ。ディルゼンに行けば何かわかるかもよ。」

「いや、待ってよ。なんで?」

「何が?」

「どうしてそこまでしてくれるの?」

ラーミアは両手を離し、再び海を見つめた。

「どうしてって、じゃあ逆にどうして私を助けてくれたの?君は私を救ってくれたんだよ。だから私もあなたの役に立ちたい。今まで1人で辛かったね、よくがんばったね。エンディはすごいよ。」

思わず泣いてしまった。ラーミアはそのことに関して何も触れなかった。

「優しい、優しすぎる」

無意識にそんな言葉が出た。

「人に何かしてもらったら恩返しするのは当然のことだよ。そんなのを優しさだと思っちゃダメ。」

毅然とした態度でラーミアはいった。

神様みたいに良い子だなとエンディは思った。

「じゃあ行こっか、泣き虫くん。」

2人は歩き出した。

ドクターはそんな2人の様子を後ろからこっそりと見ていた。

「チッ、俺には何の礼もねえのかよ。」

「何してるんだい?」

ドクターの妻がドシドシと大きな足音を立てて後ろから歩いてきた。

「若いっていいなと思ってよ、俺たちも久しぶりに青春しねえか?」

ドクターがニヤニヤしてそう言うと、妻は青ざめた表情をした。


夫婦がそんな会話をしている頃には、エンディとラーミアは病院の庭からいなくなっていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?