輪廻の風 (5)


翌朝。
時刻は午前7時をまわった。

少女は目を覚ましすと、ゆっくりと体を起こし、あたりをキョロキョロと見渡した。
ここはどこだろうか、病院なのか?

昨日の少年がここに連れてきてくれたのか。
自分の置かれている状況を何となく理解すると、部屋を出た。

すると、昨夜自分を助けてくれた少年が、待合席の長椅子でいびきをかきながら仰向けになって爆睡していた。

あまりにも気持ち良さそうに眠っている姿に、思わずクスリと笑ってしまった。

季節は春だが、朝方はまだ少し肌寒い。
少女は自分が寝ていた診察室に引き返し、毛布をとり、そっとエンディにかけてあげた。

そのまま少女は病院を出てしまった。

ドアの閉まる音で、エンディは目を覚ました。
「あれ、毛布なんてあったっけ?」
もしかしてあのドクターがわざわざ持ってきてくれたのだろうか、意外と優しいところあるんだなと思った。

昨夜の少女のことが気になり、そっと診察室を覗いてみた。
誰もいない部屋を見て少しショックを受け、外に出た。

ドアを開けて外を見ると、眺望の良さに驚いた。

中年腹のドクターの所有する、二階建てのこの病院兼住居は丘の上にあった。そこそこ広い庭に、綺麗に手入れされている緑色の芝生。なにより、海を見渡せるのだ。

気がつかなかった。

昨夜は少女を抱えながら、とにかく病院を探して走り回っていたから、いつの間にかこんな見晴らしの良い丘の上まで来ていたことに。

天気も良く、いつもより海が青く美しく見えた。

「おお、綺麗だな」

ふと横を見ると、自分と同じく海を眺めている少女の後ろ姿があった。

ドキッとした。
少女の長い髪は、風に吹かれなびいていた。
優しい風だった。

「おはよう」

エンディの足音に気がついた少女は振り返り、微笑みながら挨拶をした。

「お、おはよう」
おどおどしながら挨拶を返した。

綺麗な黒髪にパッチリとした二重まぶたの目、キラキラした瞳、長くてカールのかかったまつ毛、つんと高い鼻に薄ピンクの唇、そして雪のように白い肌。

眼球に亀裂の入るほどの美少女だった。

「君が私を助けてくれたんだよね?」

「ああ、うん。小舟の上で倒れてるのをたまたま見かけて、びっくりしたよ」

「それで病院まで運んでくれたんだね、おかげですっかり元気になったよ。ありがとう。」
そう言って少女はにっこり笑った。

エンディはそのあまりにも綺麗な笑顔を直視することができなかった。
普段女性と接することなんてほとんどなかったからだ。それもこんなとびきり可愛い子と。

「どうして泣いてたの?」

「…え?」

「私を助けてくれた時、泣いてたでしょ?」

「いやいや、泣いてないよ」
間抜けな顔で誤魔化した。

「ふーん」
分かりやすい男だな、と言いたげな目で、少女はエンディを見つめた。

「私ラーミア。あなたの名前は?」

「俺はエンディ」

真っ赤な顔でモジモジしながら、頑張って声を張って答えた。
「ここ、いい町だね。海が綺麗で空気もおいしい。エンディはこの町に住んでるの?」

「いや、昨日初めてきた。」

「そうなんだ。ねえ、歳はいくつ?私は16なんだけど、多分同い年くらいじゃないかな?」

「ごめん、自分の年齢分からないんだ。」
エンディは下を向きながら、ボソッと答えた。

「分からないって、どうして?」
ラーミアは目を丸くしながら尋ねた。

少し沈黙した後、エンディは自身が記憶喪失であることを告げた。


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