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介護事業は高齢者のためというより、行政の書類作成のために運営していると思うときがある

■ 介護報酬改定と義務要件の追加


令和6年4月、介護報酬改定にともないBCP(事業継続計画)、感染症まん延防止、高齢者虐待防止において指針策定・委員会の開催・研修の実施が本格的に義務化となった。なお、BCPは年1~2回の訓練も行う。

自然災害BCPとは別に避難確保計画の策定や避難訓練などの開催も必要であるし、感染症まん延防止においては感染症BCPと類似しているものの、意図が異なることから分離して策定する必要がある。

当然ながら、これらは指針や計画などの書類があることは前提として、委員会や研修(訓練)などを行った後には記録を残す必要がある。また、委員会なども受けて指針や計画を定期的に見直しも行う。


■ どんどん追加される義務


――― 念のためお伝えしておくと、これらはあくまで今回追加となった義務項目である。介護保険制度が始まった2000年以降の改定のたびに、様々な義務要綱はどんどん追加されてきた。

例えば、介護施設などでは高齢者虐待に関する内容とは別に、3ヶ月に1回程度の身体拘束適正化に係る委員会や研修も実施することが義務である。その他にも事業形態ごとに義務化要件は色々とある。

社会動向や時代に準じた法令の制定や見直しをすることは当然であろう。
特に今回の義務化となった項目は、自然災害や感染というここ数年の国内および世界規模の事態を受けてのことだ。

また、高齢化社会において虐待という社会問題もまた、ないがしろにできないテーマである。これらを体制として義務にするのは必要である。


■ 大変だけれど必要性は高い


・・・が、介護事業を運営する立場として、今回の義務化要件に納得しつつもこれまで義務となってきた要件も引き続き行っていくことが前提なので、正直言ってこれらの整備だけで時間と労力を割かれてしまう。

そもそも、ここまでお伝えしてきた内容だけでなく、運営基準といった基本的な要件だって当然遵守しなくてはいけない。人員配置や契約関連は当然のこと、事業所ごとに算定している加算によってより厳格な要件もある。

これらはサンプルのフォーマットに記入しておけば良いというわけでなく、実用性をもった書面とし、将来も見据えた委員会と研修などの実績を残すことが求められる。

しかし、これらをちゃんと整備しておくことで、基盤のしっかりした介護事業所になることは確かだと思う。


■ 介護以外にも事業として守る法律はある


・・・が、事業運営とはその業界における法令(私で言えば介護関連)を整備するだけで良いわけではない。労働基準関連や会計・財務関連といった経営にまつわる義務項目だって管理が必要であり、それに加えて売上・経費などの収支を見て事業継続に努めることだって必要だ。

何かトラブルがあれば苦情受付だって必要だし、あってはならないが虐待や事故が起きた際もしかるべき対応を行うことになる。

これらの基盤があって介護現場が成立することができ、そして介護現場は支援を要する高齢者へ介護サービスを提供できることになる。

逆に言えば、どんなに現場で質の高い介護を提供しているとしても、義務化要件も含めた法令遵守ができていない運営基盤だと、どこかのタイミングで行政調査が入ったときに指導あるいは罰則をくらう。


■ 義務要件のための時間が増えている


――― と、正当性や前向きな文章も入れながら書いてみたものの、やはり「大変だ」と思ってしまうことがある。すべて大切な要件だと言うのは理解しているが、こうも義務が増えるとなると、もはや高齢者介護のためではなく、義務要件の整備のために運営しているような気になる

もはやここまで義務要件が重なっていくと、支援を要する高齢者のためというよりも、行政への書類整備のための介護事業の運営になっていないか? という疑問に思ってしまうのだ。

実際、利用者の状態やサービス内容を検討するカンファレンスのための時間とは別に、「〇〇委員会」「✕✕のための研修」いった時間も設けることがどんどん増えている。

何度もお伝えするが、これらは確かに大切である。定期的な協議をすることは引いては利用者の安全にもつながる。


■ 行政対応のために事業を立ち上げた?


――― しかし、義務要件としての委員会よりも利用者について議論を交わしたり、よりよい介護サービスを提供するための意見交換をしたいというのが、多くの事業者の本音ではないか。

おそらく介護事業を立ち上げた方々の多くは「高齢者介護を何とかしたい」「地域の高齢者を守りたい」「将来に向けた新しいサービスを提供したい」という情熱をもっておられると思う。

しかし、本記事のような義務要件も含めた運営の対応に追われるようになってしまうと、自分が事業を立ち上げた目的や理念に手が届かなくなってしまう。

現場業務でヘトヘトになった後で書類作成をしたり、あるいは現場で利用者さんと関わりたくても書類作成を優先せざるを得なくなったり・・・心身は疲弊してジレンマばかりが募る。


■ 運営も現場もジレンマ


そのような背景を知らないスタッフから「現場が慌ただしくて大変なのに、のんびり座って書類作成なんて羨ましい」と言われることもあろう。

でも、経営者や事業運営者とはそういうこともある。一般職員に運営基盤を理解してもらおうなんて考えるのは甘い話だ。これは現場職員を馬鹿にするわけえでないが、そもそも現場と運営では視点が違うわけだから同一の理解を求めるほうが無理がある。

粛々と法令遵守や運営基盤を整えるのが、管理職や経営サイドの役割だ。

それでも、事業を立ち上げたときの理想やビジョンとかけ離れていくと「このような書類作成をするために介護事業を立ち上げたわけでない」と思ってしまうのではないか。

一方、現場スタッフだって同じような気持ちを抱いているかもしれない。

「書類も大事と分かるけれど、もっと現場に出てもらわないと困る」
「義務とか言われても関係ないし、もっと利用者さんに目を向けたい」

このような思いをしながら日々の介護現場で業務をしていては、「介護ってもっと柔軟で面白く仕事ができると思ったのにな」とストレスを感じるようになってしまうかもしれない。このようなストレスから介護業界を辞める要因である可能性もある。

実際、義務要件が増えるごとに現場スタッフにも、半ば強制的かつ急に災害や感染などの担当を割り当てられて困ったという話も耳にする。もしかしたら、管理者から「名前だけでいいから」「何か分からないことがあったら聞いて」と丸投げされてしまうのかもしれない。

こうして、ただでさえ人手不足な現場業務とは別の負担が増えて、残業や休日出勤となり、心身ともに潰れてしまう・・・というリスクもある。



――― 何だか長くなってしまうので、この辺りにしておこう。

改めてお伝えするが、国からの義務要件は介護業界にとって必要であることは確かである。

しかし、義務要件が次々と積み重なってしまい、それが介護事業において足かせになっていることも事実だと思う。

どれかを削れとは言わないが、せめて開催間隔を長くするとか、最低限協議するべき項目を限定しておくといった対応が必要かもしれない。

まあ、あえて言うならば、行政からたまに依頼されるアンケートや、誰が見ているのかもわからない公表サービス、形骸化している調査などは削減できるのではないかと思う。


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むことをやめた方へも、感謝。

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