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東レのオープンイノベーション(繊維2/2)

『東レのオープンイノベーション(繊維1/2)』からつづく。

1.イノベーションとオープンイノベーションの定義

 前回までは「オープンイノベーション」という言葉を定義せずに使っていました。説明を続ける前に、ここで「イノベーション」および「オープンイノベーション」を定義します。

 まず、イノベーションから。イノベーションとは経済的価値を産む創造です。これまで不可能だったことを可能にする技術革新は製品化されて製品イノベーションにつながるまでは経済的価値を産まないので、イノベーションには含めません。反対に、背景に技術革新があってもなくても、これまで満たされなかった消費者ニーズを満たすビジネスの仕組みを創造することは、イノベーションに含めます。

イノベーション改

 イノベーションは創造ですが、その実態は既存の生産手段や資源や労働力を今までと異なる形で新しく組み合わせる新結合です。これが具体的にどういうことを言意味するかを、このあと東レとFRが共同で「ヒートテック」を創造した過程に即して説明します。

 次に、オープンイノベーションを定義します。オープンイノベーションは、ある製品やビジネスの仕組みの成熟期にある企業が外部組織と視点・経験・知識をぶつけ合うことで化学反応を起こしイノベーションを実現することです。

オープンイノベーション

 製品やビジネスの仕組みが成熟期に達すると、企業の組織はその製品や仕組みに最適な形に固定され、社員はその製品や仕組みに応じた発想しかできなくなっていきます。そこで、外部組織と化学反応を起こさせ組織を活性化し社員の発想を一新してイノベーションを起こす。それがオープンイノベーションです。

2.東レと「ユニクロ」のオープンイノベーション


2-1.オープンイノベーションの始まり
 
 東レと「ユニクロ」ブランドで有名なファーストリテイリング(以下、FRと略称)は、FR側からの働きかけで1990年代末から接触がありました。
 2000年に東レが社内に「ユニクロ」ブランド専門の開発部隊「G事業部」を設置して、東レとFRのオープンイノベーションが本格的に始まります。以下では、「ユニクロ」というブランド名をFRという社名の代わりに用います。
 東レと「ユニクロ」のオープンイノベーションはビジネスの仕組みのイノベーションと製品イノベーションの両方を実現しました。


2-2. ビジネスの仕組みのイノベーション

 「G事業部」は「ユニクロ」向けの糸から生地縫製までを東レグループで一括管理する組織です。この体制はアパレル(既製服)業界での「ビジネスの仕組みのイノベーション」でした。

「ビジネスの仕組み」のオープンイノベーション

 1980年代までの日本のアパレル業界は、
  ① 原糸メーカーと糸加工業者が糸と綿を製造し、
  ② 糸と綿を織布メーカーが布にし、
  ③ 布を染色・加工業者が染色し生地に加工し、
  ④ 生地を生地問屋が買い取りアパレルメーカーに卸し、
  ⑤ 生地をアパレルメーカーが自社で縫製して製品に仕上げる
  ⑤’ または、外部の縫製メーカーを使って製品に仕上げる
という非常に長い製造流通過程で成り立っていました。
 アパレル製品が流行と気象に左右されるハイリスクな商品なため、製造流通過程を細かく分業しリスクを分散させていたのです。

 この製造流通過程では中間の各企業がそれぞれの利潤を確保します。その分アパレル製品の価格は高くなり、消費者にとって不都合です。アパレルメーカーにとっても、出来合いの生地を使って完成品を作るしかないことがデザイン上の制約となります。

 この製造流通過程を改革する目的で、「ユニクロ」は1990年代にSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)と呼ばれる製造流通の仕組みを導入します。自社デザインに従って糸から最終のアパレル製品までの製造流通過程を一括管理するものです。
 といっても、「ユニクロ」は元々は小売業の企業です。アパレル製造に必要な全ての能力を保有していたわけではありません。製造過程は今までどおり分業に依存しつつ、分業先の各企業に大量発注と全量買い取りを約束することで長い製造流通過程をコントロールしたのです。生地問屋だけはSPAの導入により完全に中抜きされることになりました。

 「ユニクロ」は、糸から縫製まで全ての能力を保有している東レに目をつけます。東レをSPAのパートナーにすれば、製造過程全体に「ユニクロ」が本格的に参画できると考えたのです。
 一方、2000年頃の東レは業績低迷に苦しみ、新製品に活路を求めていました。「ユニクロ」とは1990年代末から接触があり、得られるものの多い相手だと認識していました。
 こうして両社の思惑が一致して、「G事業部」が設置されます。東レが「ユニクロ」のSPAビジネスに加わり糸から縫製までの製造過程を一括管理するようになることで、「ユニクロ」が着手したビジネスの仕組みのイノベーションが完成形に到達したのです。

2-3. 製品イノベーション

 次に、東レと「ユニクロ」がお互いの視点・経験・知識をぶつけ合って製品イノベーションを実現していった姿を「ヒートテック」の開発過程を例に見ていきます。

 「ユニクロ」の「これこそ消費者が求めるものだ」という主張と東レの繊維メーカーとしての「常識」が火花を散らしせめぎ合う中から、従来のインナーウェアにはなかった「身体から発生する水蒸気で温かくなる」という高機能を低価格で実現する製品イノベーションが産まれたのです。(厳密にいえば、ミズノの「ブレスサーモ」など、同じような機能を備えたインナーウェアは既に存在しましたが、登山、冬スポーツ、釣りなどの特定用途向けで価格も非常に高いものでした)

ヒートテックの開発

 素材メーカーである東レは最終消費者の二ーズを汲んで消費者が本当に喜ぶ製品を産み出すことは難しかった。一方、小売業で起業した「ユニクロ」は原材料がどういう流れで加工され中間製品になるかについては、知見が少なかった。両社が組み、お互いの視点・経験・知識をぶつけ合うことで「ヒートテック」という製品イノベーションが実現したのです。


3.「新結合」という本質

  しかし、よく注意してみると、「ヒートテック」は「無」から「有」を産み出したわけではなく、先行製品にヒントを得て、繊維業界の既存技術を「ユニクロ」の商品コンセプトに合わせて「新結合」したものであることが分かります。
 「新結合」とは、経済学者のシュンペーターが、イノベーションの本質として提起した概念で、彼自身はイノベーションを次のように定義しています。
「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」(グローバルタスクフォース『『イノベーションのジレンマ」入門』から引用)

ヒートテックという製品イノベーションは「新結合」

 「ヒートテック」の後も、東レと「ユニクロ」のオープンイノベーションは、「ウルトラライトダウン」、「エアリズム」など、「ユニクロ」の看板商品を産み出していきました。

 「ユニクロ」とのオープンイノベーションによって東レは繊維製品の品ぞろえを増やし、技術力への評価を高めることができました。また、「ユニクロ」が高機能品を安価に提供するために少ない製品規格を大量に販売するビジネススタイルを取っていたことから、東レの工場の操業度を上げることもできました。「ユニクロ」とのオープンイノベーションは、東レが繊維事業の構造変革を進める上での重要な柱となったのです。

 次回は、東レの事業構造転換に寄与した非繊維事業でのオープンイノベーションを取り上げます。

〈『東レのオープンイノベーション 非繊維1/1』につづく〉





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