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お金がない英雄

道端を歩いていたら、封筒が落ちていた。

中を見たら、10万円が入っていた。交番に届けるべきかと思ったが、俺の心の天使は完全に、悪魔に負けた。

上着の内ポケットお金を突っ込んだ。

ブランド物、美味い飯、風俗……etc。これから何に金を使おうか俺は胸を躍らせていた。

街に向かう途中、痩せた老人を見つけた。彼は、ボランティアでゴミ集めをしていた。
汚れてヨレヨレの服、底が剥がれかけている靴から、彼が貧乏であると一目で分かった。

おそらく貯金がまともに無く、少ない年金だけで暮らしているのだろう。

ふん、金が無いくせにボランティアなんかしやがって、偽善者が……。あれのようには、なりたくないな。

俺はそう思い、彼を冷ややかな、侮蔑の目で見つめていた。

そのときだった。

「きゃあ!!!」

女の人の声が聞こえた。

何事かと思い、俺は建物の角から、声が聞こえた路地裏を覗いた。

二人組の男が、女の人の腕を引っ張り、無理やり車に乗せようとしていた。

男は二人とも、筋肉質で、喧嘩慣れしていそうな雰囲気をまとっていた。

「へ、へ、ちょっとつきあってくれや」

「やめて!いや!」

会話の内容から、明らかに女性は嫌がっているのが分かる。
しばらくは、そんな一歩も前進することのない会話が続いていたが、片方の男が、とうとうしびれを切らした。

「おい、ごるぁ!早く車に乗れよ」

その声から、とてつもない圧が広がった。
ただ見ているだけの俺でさえ、腰を抜かしてしまいそうになるほどだった。

女性が俺の方に気づき、泣きそうな顔でこちらを見てきた。 助けを求めている目だ。

なんとか助けてやりたいと思ったが、恐くて足
が動かない。

すると、男二人は俺の存在に気付き、ものすごい剣幕で、睨んできた。

「おいごらぁ、何見てんだよ」

その一言だけで、正直、おしっこを漏らしそうなほど、ビビっていた。

「あの、彼女、嫌がってませんか?」

声をブルブル震わせながら、男に言った。すると、『バキッ』という音と共に、視界が一瞬真っ暗になった。鼻の感覚が麻痺して、鉄の匂いがした。

俺は、顔を殴られたのだと理解した。

「これ以上痛い目見たくなかったら、どっかに失せろや、それとも、やんのかごるぁ?」

……大怪我を覚悟して立ち向かえば、もしかしたら、彼女を助けられるかもしれない。
そう思った反面、自分の口から出た言葉は、自分自身の期待を裏切るものだった。

「いえ…………失せます」

俺は完全に戦意をなくしていた。
女の人は、言葉では表しにくいような表情で、俺の方を見ていた。
絶望した時、人間はこんな表情をするものなのか。
そんな顔をさせたのは、俺の情けなさのせいなのだと思うと、遣る瀬無い気持ちになった。

……でも仕方ないではないか、こんな男たちに、狙われた彼女が悪いのだ。

俺はそう自分に言い聞かせた。
買えるものなら、あのお金で、勇気を買いたいところだ。

その時だった。

……ドタドタドタ……

……?
どこからか、大きな足音と声が聞こえる。

「こらー!お前たち!何をやっとるかぁ!」

あの老人だ。
老人は、男二人に、火ばさみを振り回して、追い払おうとした。

「んだごらぁ、ジジイ、ぶっ殺すぞ」

一人の男が、老人の肩をど突いた。
それでも老人はひるむことなく立ち向かっていった。


……結局、老人は負けた。
男二人に袋叩きにされて、酷い有様だった。

女性は、男が老人を相手にしている隙に、どこかへ逃げたようだ。

俺は、警察と救急車を呼んで、街に行かず、家に帰ることにした。


***


翌日の朝、テレビを点けると、老人を殴った反社会的組織関係者の男二人が逮捕されたと報道されていた。
犯人の供述によると、組織に上納する10万円を無くしたため、女を使ってお金を稼ごうとしていたところを邪魔され、ムカついて殴ったらしい。

被害者の老人の名前も報道されていたので、俺は病院に、彼の容体について問い合わせた。

彼はどうやら、本来は入院が必要なのだが、お金がなくて入院できないからと、明日から病院を出ることになっているらしい。

俺は病院に行き、老人の病室を訪れた。窓から、午前の淡い日差しが差し込んでいる。

老人は、気持ちよさそうに、穏やかな顔をして眠っていた。

ベッドの前の机には、読まれて開いたままの手紙が置いてあった。

内容から、あの時の女性からのものだと察した。

俺は、その手紙で、昨日拾った10万円を包んで去った。


彼が、入院代として使ってくれたら嬉しい。




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