2021年10月に読んだ本
2021年10月に読んだ本
1 永井玲衣『水中の哲学者たち』
哲学対話のファシリテーターをやっている人のエッセイ集。荻窪・Titleで購入。
誰も傷つかないような、当たり障りのない文章。毒にも薬にもならない。文体や雰囲気などは小学校教師のように感じた。
ある哲学者は、哲学することの根源は「驚異と懐疑と喪失の意識」であると言った。ひとは、びっくりしたりつらいことがあったりすると、「なんで?」と自然に問うてしまう。要するに、「は?(驚異)マジで?(懐疑)つら(喪失)」から哲学は始まるのだ。そうなると、わたしたちは、わりと簡単に哲学できるかもしれない。
このあたりとか一見面白そうなのだけど、私向けの本ではなかった。
2 INA『つつがない生活』
西荻窪・今野書店で購入。
『牛乳配達DIARY』で知ったINA。本作では作者である主人公(二十代・新婚・自営業)の生活が描かれている。前作はいいと思った生活感が、今作ではいいと思えなかった。理由は作品とはあまり関係ないので省略。
3 僕のマリ『常識のない喫茶店』
喫茶店で働く筆者のエッセイ。荻窪・Titleで購入。
名前は伏せてあるがたぶん阿佐ヶ谷のgionだと思われる。あそこは水野しず氏やカネコアヤノさんなどなどが働いていたという非常にいい店。行くときはよくトーストセットをロイヤルミルクティーで頼む。ナポリタンも美味い。添えでついてくる玉子サラダも美味い。
4 野村喜和男『ヌードな日』
詩集。西荻窪・音羽館で購入。
野村喜和男を初めて読んだのだが、良さが分からなかった。残念。私は残念ながら今のところ詩というものの良さをほとんど理解できない。
5 貴戸理恵『個人的なことは社会的なこと』
新聞での連載を書籍化したもの。荻窪・Titleで購入。
自分が日常のなかで感じているしんどさは、誰かのしんどさとつながっているかもしれない。
自分の状況を変えようとすることは、社会を変えることにつながっていくはずだ。
予想以上に新聞の文体。これも元の掲載媒体が新聞であることが大きいのだろうが、誰目線で言ってるの?という箇所が散見される。鋭い指摘や少数派の意見などはもちろん述べられない。基本的に「たしかにそうね」としか言いようのない文章の連続。自分の興味関心外の社会の出来事をざっと知りたいなと思い購入したが、達成されたかどうかは微妙。思ったより筆者の関心に偏った内容だった。もし新聞を取っていたら毎回一応何が取り上げられているかくらいは確認する欄になっていたんじゃないかと思うのだが、まとめて書籍として読むと、うーん何か違う。
6 ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』 小川高義訳
先月読んだ『見知らぬ場所』を読み、もう1作くらい読んでみたいと思ったので、デビュー短編集である本作を購入。新宿・紀伊国屋書店にて。
最後に予想外の展開がある短編が多かった印象。良質な短編集であることは間違いないのだけど、私には深くは刺さらなかった。
7 国分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』
新宿・紀伊国屋書店にて購入。
中動態とは、古代ギリシア語の時代にはあり、ラテン語の時代にはもうほとんどなかった動詞の態の一つで、よく能動態と受動態の真ん中と説明されるが、古代ギリシア語では能動-受動ではなく、能動-中動が対概念になっていた、らしい。なぜ中動態が消えていったかという歴史を辿りながら、意志と責任について哲学する。
人は能動的であったから責任を負わされるというよりも、責任あるものと見なしてよいと判断されたときに、能動的であったと解釈されるということである。意志を有していたから責任を負わされるのではない。責任を負わせてよいと判断された瞬間に、意志の概念が突如出現する。
個人的にはアーレント、そのあとハイデガーが出てくるあたりが興味深かった。意志は絶対的で純粋な始まり、選択は過去からの帰結。純粋な始まりなど持てないにもかかわらず人が意志しようとするとき、過去は忘れられる。考えることは思い出すこと、であるならば、意志することは考えないことである。
なるほど、と思う箇所も多くあった。
8 綿矢りさ『ひらいて』
映画公開に合わせて読み直そうと思い、読み直した。はじめて読んだのは高校生の頃。この本自体は友達の太客さん(実際に彼女は裏でそう呼んでいた)に町田のたしかmodiの上にあった本屋で買ってもらった。何か買ってもらわなきゃいけないからといっていらないものを買ってもらうのが嫌だった。だからこの本を買ってもらったのだ。
この小説はざっくりあらすじを言うと、主人公の女の子が好きな男にフラれたのでその彼女である女を寝取る、という話なのだが、昔読んだときは「よくこんな性格の悪い主人公を描けるな、私だったら絶対書けない」と思ったのをよく覚えている。今思えば嫉妬していたんだと思う。私はこの小説の主人公のように激情とその感情に対する潔癖さを有しているのに、自分の激情に他人を巻き込むことができなかった。私は自分の激情に他人を巻き込みたかったのだ。今回読んだら主人公に対して昔抱いたような嫌悪感は全くと言って抱かなかった。私はなりたい自分になれたのだと思う。
私は一生のうち、どれくらいの数の人を好きになるのだろう。たとえを忘れて、また違う好きな人ができて、大人になった私とやらは”あの頃は思いつめてた。でもいまはすっかり吹っ切れて元気”なんて言って笑うのか。
だとすれば、そのときの私はゼロだ。ゼロだけど、なんとか生き続けるために、千の言い訳を並べているだけ。でも、と私はこわくなり枕をかき抱く。そのときが来れば、まさか自分が言い訳を言っているだなんて、きっとまったく気づかない。むしろ、私は乗り越えた、と誇らしげに新しい生活を送るに違いない。
だから私が気付いているのは、ちゃんと覚醒しているのは、今しかない。今しかこの恋の真の価値は分からない。人は忘れる生き物だと、だからこそ生きていられると知っていても、身体じゅうに刻みこみたい。一生に一度の恋をして、そして失った時点で自分の稼働を終わりにしてしまいたい。二度と、他の人を、同じように愛したくなんかない。
高校生の気持ちを非常に的確に表した箇所だと思う。私は上の引用のような危機感を常に持っていた。大人になったら忘れてしまう、という危機感。忘れてしまうのが怖かったから、ネットに何でもかんでも、そのとき思ったこと感じたことを書きこむようになったのだと思う。今でも私は書くとき明確に「忘却への抵抗」ということを意識している。忘れさせてはやらないという”呪い”と全部覚えていてあげるという”祈り”。たしかにその瞬間の真実はその瞬間にしか掴んでいられない、すぐに掌からすり抜けこぼれていってしまうものだけど、忘れたくないと強く願ったことはたぶん忘れずにいられる。
映画では、小説よりさらに「折り鶴を折る」という行為を象徴的に扱っていて、そこはとてもよかったなと思う。呪いのような祈りを込めて折った折り鶴を「ひらいて」、三人の関係性は最後名状しがたい複雑な深みのあるものとなり、そこには尊さが宿る。剝き出しになってぶつかっていって、傷つき傷つけられ、ということを経ないと辿り着けない関係性って私は憧れがある。傷つかない名前の付けられる人間関係なんていくらでも代替可能だと思う。綿矢りさの中でもいちばん思い入れのある作品。
9 素潜り旬『パスタで巻いた靴』
タイトルも著者名も気になる詩集。新宿・紀伊國屋で平積みになっていたので発見。購入。
詩は感想を言うのも人に勧めるのも難しいが、割と好きな感じだった。もうちょっと量読んでみたいなと思った。
10 苫野一徳『愛』
以前読んだ山口尚『日本哲学の最前線』で紹介されており、気になったので新宿・紀伊國屋で購入。
愛は情念であると同時に理念である「理念的情念」だから、「これは愛だ」と断定することが難しく、「これはほんとうに愛なんだろうか」などと吟味の対象になるのだ、という説明はなるほどすとんと腑に落ちた。それ以降の話はどこかで聞いたことのある話が多かったが、全体としてそこそこ面白い。やっぱり愛について根詰めて考えてしまう人はやばい人だなと改めて思った。新書なので興味のある人は読んでみるといいと思う。
11 アメリア・グレイ『AM/PM』 松田青子訳
表参道・青山ブックセンターで購入。訳者によるあとがきの冒頭が秀逸。
さみしい、と堂々と口に出すことのできる人は、今この世界にどれだけいるのだろうか。人間関係や恋愛関係を築くことの難しさや不確かさ、孤独や絶望がデフォルトであることを知ってしまった現代社会で、さみしい、悲しい、つらい、と叫んでも、物語性は生まれない。誰も真面目に耳を傾けてくれない。それはもう当たり前のことだからだ。
けれど、じゃあ自分の胸の中にある確かなこの気持ちをどうしたらいいのという時に、ある瞬間、人々は無意識に、”普通”から少しずれた、変なことをしたり、口に出したりしてしまうことがある。側から見ると脈絡や意図が不明だったとしても、それはその人にとっては、人生に抗おうとする、決死の瞬間だ。
この本は120の掌編によってなる詩集に近いような小説集である。さみしさが瞬く一瞬一瞬が切り取られ収められている。他の作品が翻訳されたら読んでみたい。
12 川添愛『言語学バーリ・トゥード』
言語学者のエッセイ。新宿・紀伊國屋で購入。
「バーリ・トゥード」とはポルトガル語で「何でもあり」という意で、ルールや反則を最小限にした格闘技の一ジャンル、らしい。著者がプロレス好きらしく、非常にプロレス要素の強い本。全体的に面白めではあるものの、ちょっと話題の年齢層が高く、若干キツかった。言語学を期待して読むと物足りない。
正直最近いい本にあたる打率が悪い。上げていきたいので私が好きそうな本をどしどし教えてほしい。
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