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悪魔のおにぎり

まだ8月ですが 日が傾く時間が ずいぶんと早くなったように感じます。

「うんとね、いかにも悪そうな顔したタヌキのイラストの包みでね…」

こざる達は わいわい楽しくおしゃべりしながら、
夕飯の仕度をしています。

少し前に 1人のこざるが コンビニに買い物に行ってきました。
「牛乳が切れそうだったから、ちょっとひとっ走り
行ってきたんだ。」

「それで、それで?」
「それで、買わないけど、何か新しいものがあるかなぁって
ちょっと棚を見ていたら、"悪魔のおにぎり"っていうのがあったんだよ。」

コンビニで見つけた"悪魔のおにぎり"という名の
おにぎりのことを話しています。

「えっ? 悪魔なの?」
「タヌキが入ってるの?」
こざる達は興味津々です。

「それで、ぼく、お店の人に聞いてみたんだ。」
「コンビニの店員さんに聞いてみたの?」
「うん。『すみません、今日はちょっと買わないんですけど、
何で"悪魔のおにぎり"って言うんですか?』って。」
「そしたら?」
「うんとね、美味し過ぎて つい食べ過ぎてしまうんだけど、
カロリーが高いからなんだって。」
「カロリー、高いんだ!」

一般的に、おにぎりは炭水化物なので カロリーは高いんですよね。

「あのね、天かすが入っているから
美味しいんだけど、カロリー高いんだよ。」
「なるほど 天かすだからタヌキなんだね。」

「あ!」
こざるちゃんが何か思いついたようです。

「これこれ、この本を書いた人が元祖だよ!」
そう言って持ってきた本を見せます。
綿貫淳子さんの『南極ではたらく』という本です。
サブタイトルに「かあちゃん、調理隊員になる」とあります。

「この綿貫さんが悪魔のおにぎりを作ったんだ。」
「もしかして南極で?」
「そうだよー。名付けたのは一人の気象隊員なんだよ。」
「へー、そうなんだー。」
「このおにぎりは美味しいから絶対に食べたいんだけど、
高カロリーだから、夜遅くに食べるのは危険、でも食べたい…
だから悪魔のおにぎりなんだよ。」
「なるほどねー。」
「うまいこと名付けたね!」

綿貫さんは、母親としては初の調理隊員として
南極観測隊に参加しました。

「綿貫さんは、生ゴミを減らす工夫のひとつとして、
残ったごはんに色々混ぜて よくおにぎりを作っていたんだよ。
おにぎりを出すのは、綿貫さんの仕事が片付く時間になるので、
真夜中近くになることが多くて、
それでカロリーが高いから…ってなったんだって。」
「そうなんだー。」
皆、うんうん頷きます。

「ちょっと読むよー。」
そう言って、こざるちゃんは一節を読みます。

「気象隊員は、昭和基地の気象観測を24時間365日休むことなく
交替で行っており夜勤が多い。観測が途切れないように、
夜な夜な1人で除雪することも多かった。
昭和基地での除雪はやってもやっても終わりがなく、
時には絶望感に襲われる。かといって諦めるわけにも
いかない。
途方もない量の雪との戦いの中で、悪魔のおにぎりを食べるのが
小さな幸せだったと、日本でそのおにぎりを食べて改めて
思い出すのは、つらかった仕事と夜勤のない日の解放感。
悪魔のおにぎりの材料は決して贅沢ではない。
日本にいればもっとおいしいものが溢れているけれど、
食べること自体に制約のある南極では、こんなおにぎりが
些細な幸せにつながっていた。」

皆、うんうん頷きます。

「とっても いい話だねー。」
「うん、大ご馳走だったんだよね。」
「やっぱり おにぎりって、ソウルフードだよね。」
「うん、いろいろご馳走があるけれど、やっぱり おにぎりなんだよ。」
「りこちゃんの おにぎり、シンプルだけど、普通だけど
とっても美味しかったなぁ。」

こざる達は、りこちゃんが作ってくれた おにぎりを思い出しています。
りこちゃんは もう料理をしません。
「でもね、ぼく達は 味も手触りも質感や におい、
全部、100%全部 覚えているよ。」
「りこちゃんが、ぼく達を思って
作ってくれた おにぎりだからね。」

「この綿貫さんが作っていた おにぎりも、
毎日頑張っている隊員の皆さん達のことを思って作った
愛がこもっている おにぎりなんだよ。」
「だから気持ちが伝わったんだよ。」

食べる人のことを思って作った料理は
どれも いつも とびきりのご馳走です。

夕飯の仕度が出来たようです。

ラジオから ゆっくりゆっくり
どこか懐かしい感じの歌が流れてきます。

「キッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
7時には帰っておいでとフライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景」

ハナレグミの『家族の風景』です。

こざる達は静かに聴いています。

「友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはいつもあるよ」

「りこちゃん、呼んでくるねー。」
こざるちゃんが歌いながら、
りこちゃんの部屋へ向かいます。

「何を見つめてきて 何と別れたんだろう
語ることもなく そっと笑うんだよ」

「りこちゃーん、夕飯、できたよー。
サバの味噌煮作ったよー。皆で一緒に食べよう!」

「キッチンにはハイライトとウイスキーグラス
どこにでもあるような 家族の風景
7時には帰っておいでとフライパンマザー
どこにでもあるような 家族の風景」

こざるカフェは、今日も ゆっくりゆっくり
のんびり 穏やかに時間が流れていきます。

読んで下さって、どうもありがとうございます。
気がつけば、8月もあと一週間ですね。
よい毎日でありますように (^_^)

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