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「食べるために撃つ」プロハンター川越信大さんの生き方

「もともとは銃で生き物を殺すことは好きじゃなかった」と話すプロハンターの川越信大さん。初めて川越さんの工房を訪ねた際、天井から壁一面に掛けられている数えきれないほどの鹿の骸骨やはく製に、息を飲んだことを覚えています。これだけの「命」と向き合ってきた川越さんの生き方や日々の思いを聞いてみたくなり、すぐにインタビューをお願いしました。優しい話し方の中にもプロハンターとして命をいただくことの重さや向き合い方など、とても貴重なお話を伺うことができました。

仕留める確率を上げるためその土地の環境を知り、いかに獲物に近づけるか

生きるために獲るプロハンターとは

僕が鹿を獲るのは林道や牧草地を車で探しながら走り、見つけたら撃つという「流し猟」が多いです。
鹿は夜行性なので、昼間はけっこうのんびり寝ていますよ。夜は牧草地に出てきて牧草を食べて日の出前にねぐらに帰り、夕方近くになると食べに出てくるというパターン。日の出と日没あたりの移動中の鹿を獲る感じです。

その土地の気候や鹿の習性など、その日に鹿がいそうな場所を想定できる知識や経験が一番重要ですね。銃の技術ももちろん必要ですが、それよりも環境面を知ることが大事です。

また趣味と仕事では、狩猟のやり方がまったく違い、仕事では楽しみを度外視して獲ることに専念しなくてはなりません。だからどう獲るか、獲れる確率を高くする方法が重要。

つまり獲物にいかに近づけるか、です。

川越さんはプロハンターとしての厳しさと人としての温かさを併せ持っておられる方でした

例えば300メートル先に鹿を見つけたら、100メートルまで近寄った方が確率は上がるので、いかにそこまで近づけるかを考えます。

趣味の狩猟では遠くの獲物を撃ちたくなりますよね。その方が満足度は高くなりますから。そこが大きな違いです。

今、僕のように食肉加工まで含めてプロハンターとしてやっている人は、北海道内では10人程度かな。ほとんどが本業を持ちながらのセカンドビジネスや、解体を業者に任せているケースです。

鹿は内臓以外のほとんどの部位に利用価値があります。骨も昔はアイヌの人たちが槍の先として使っていました。ただ、骨まで活用しようとすると手間がかかりすぎて採算ベースまでいかないのが現状です。
きちんと全部利用すると大きな産業になると思うのですが、なかなかそうはならないのでもったいないなと思います。

日の出から日没まで。1頭につき1時間あれば綺麗に解体できる

狩猟は日の出の1時間くらい前から始まります。根室の猟期が始まる10月頃は4時には起きて少し薄暗い中現場に向かいます。
猟ができる場所にも条件がありどこででも撃てる訳ではなく、特に根室市では牛の放牧地を通過させてもらうことも多く、猟期前には必ず農家さんに挨拶に行くようにしています。

狩猟中は1頭でも獲れたら工房に戻り、すぐに解体作業です。
まずは皮をはいで内臓を出し、枝肉の状態にして3日程冷蔵庫で冷やしておきます。

1頭解体を終えると、次はすでに枝肉にしてあるものをさらに細かくして、注文があったところへ発送する仕事。

1頭あたり1時間くらいあれば綺麗に解体処理できますよ。

解体作業は午後1時か2時くらいには終えて、日没前にはまた猟に出かけて、毎日だいたい夜7時か8時には1日の仕事が終了です。

完璧な骸骨には「美しい」という言葉がもっとも当てはまるような気がする

自然を相手にする趣味のため、夏オフシーズンになるところが魅力的だった

鹿の狩猟には猟期があり冬しかできませんが、逆に夏はオフシーズンなので趣味を楽しむ時間がたっぷり取れるんです。そこがハンターになった大きな理由の一つです。要は遊び重視で仕事を選んだ感じですね。

一番楽しかったのは釣りです。よくアメマスやイトウを釣りに出かけていました。

自然が相手なので、天気などの条件が合わない日もあります。だから土日が休日の仕事だと、必ずその日に遊びに行けるとは限らないですよね。でも狩猟だったら夏場は自由に時間を使えるので、自然条件が良ければすぐ釣りに行くこともできます。そこが一番の魅力だったのかな。

ハンターを始めた頃は雄鹿しか狩猟の許可がなかったんです。だからできるだけ大きな角の大きな雄鹿を獲って、はく製にするのがメインの仕事でした。

だんだん鹿の数が増えて、さらに食肉業者も増えてきたことで買い付けしてもらえるようになるとある程度の収入になり、その頃から獲った鹿を解体処理して食肉にする、今のようなスタイルに変わってきました。

命を終えた鹿の角と、命を捕らえた川越さんの手は、どちらにも不思議と自然の温もりを感じる

捨てるだけと分かって鹿の命を撃つことはできない

プロハンターが行う狩猟と有害駆除との違い

鹿の狩猟には有害駆除もあり行政からお金が出ます。これは自治体によっても違い、根室市の場合は食肉などで有効利用されるものと、有効利用されないもので報奨金が変わります。

有効利用されないものというのは、小さすぎたり解体まで時間がかかり過ぎている個体です。

冬場に食べるものが減るため、春先の鹿はすっかり痩せてしまっているので、ほとんどが廃棄されてしまいます。

川越さんの手により枝肉になった鹿たち。美味しそう(撮影2022年12月)

あまり知られていませんが、駆除と狩猟はまったくの別物です。

根室市では10月から3月が猟期で、有害駆除はそれ以外にも一年に何度かやっているみたいですね。これも自治体によってバラバラです。

ただ最近は鹿が激増してしまい、一生懸命に有害駆除をしていますが、数を抑えるのはもう無理じゃないかと思います。

僕も自分で生活できる以上の殺生はしたくないです。

ハンターの数が足りないことがエゾシカ増加の原因の一つだとよく言われますが、そういう因果関係がはっきりある訳でもないんですね。

廃棄すると分かっていて鹿を撃つことに、抵抗を感じているハンターも多いのが現状です。自分が食べていけるだけ獲れればいいと言う考えの人もたくさんいます。

僕の場合も鹿で生活をしているので感謝しなくてはいけないのに、ただ捨てるだけのために命を撃つことには少し抵抗があります。

もともとは激減した鹿を人が保護動物に指定して、さらに数が増えてきてもしばらくは放置した結果、今頃になって激増してしまったのに、これをまた人の手によって減らすなんてことは、もう無理ではないかと思います。

鹿以外にも川越さんの友人が仕留めた約300キロのヒグマの骸骨も無造作に置かれている工房

獲った肉を食べるということ

この仕事を始めた頃は鹿の数も少なく、希少価値のある肉の単価も高かったのですが、近年は鹿が爆発的に増えたことで単価もかなり落ちて、今はなんとかやり続けている感じです。

日本では食べ物が溢れていて、膨大な量の食品が捨てられていますよね。そういうことを聞くと、身近でこんなに増えている鹿の肉を食べず、さらに海外から牛肉や豚肉を輸入しているなんて、なんだかおかしいなぁと思ってしまいます。

鹿の肉はとても美味しいので、そのことをもっと知ってもらい、鹿肉を食べる文化になれば嬉しいですけど、なかなかそうはならないですね。

鹿肉は加工業者も少ないし、その分コストがかかってしまうので、どうしても安く流通できません。豚肉や鶏肉に比べたら高くなってしまうので、消費者としても手を出しにくいのでしょうね。

今はもともと鹿肉が好きだった人や健康に気を使う人など、一部の人にしか届いていないような状況ですが、もっと普通に多くの人に食べてもらいたいです。

経費をかけずともこんなに増えている鹿の肉を食べないで、他の食べ物を捨てるなんて。いつかは罰が当たりますよ。

冷蔵庫内で解体作業中。すでに猟期終盤のためこの肉はペット用の加工肉になるとか

鹿肉の美味しさと高い栄養価

鹿肉は牛肉や豚肉と変わらず、どんな料理にも合いますよ。

我が家の子供たちが一番好きなのは鹿肉を使った「肉じゃが」です。あとは大根と一緒の煮物や、カツにしても美味しいです。

餃子でも美味しいのですが、自分で肉を挽かなくてはならないのが弱点ですね。以前僕の所で鹿のひき肉を出していたこともあるのですが、けっこう手間がかかる一方で価格転嫁も難しく結局作らなくなってしまいました。

自分で肉を挽くとなると、本当の鹿肉マニアじゃないとなかなかできませんよね。

また鹿肉の脂肪は溶ける温度が他の肉に比べて高く、人間の体温では溶かししきれないため完全に吸収はされないそうです。だから健康的だといわれています。牛や豚の肉の脂肪は、手に乗せているだけでも溶けますよね。そこが大きな違いです。

それから鉄分も多いので貧血気味の方にも良いですよ。

※参考:北海道環境生活部自然環境局「エゾシカのおいしい話」

工房外観。中には冷蔵室・冷凍室もあり、しっかり保管管理されています

最高の時期に最高のものを食べることができる


「目的は食べること」そんなハンターを育てる

ハンターをやりたいという人でも、志が合えば教えてあげたいと思います。志というのは、獲物に対する気持ちです。

自分で食べずに獲物を撃って解体業者に運んでお金をもらうだけのハンターは、本物のハンターとは、僕は思えないから。

目的は食べること。そうであれば教えてあげたいです。そのために撃って解体して食べる。最初から最後までできないとハンターじゃないと思っています。

僕も自分が食べたいから一生懸命狩猟をやっています。いろいろ勉強して最高の処理をすると最高の肉ができて、最高のものを食べることができます。

僕の場合は獲ったものを、みんなに喜んで食べてもらう、お裾分けの様な仕事だと思っています。最初は自分が食べたくて獲って、美味しいからみんなにも食べてもらえたら、僕自身が嬉しいし。

僕が思うハンターの一番の醍醐味は、肉質が最高の時期に最高のものを自分の手で捕獲して食べられるということです。

いつか僕が狩猟を引退したら、その後は美味しい鹿肉を食べられなくなるぞと子供たちに話したんです。そうしたら弟子を取ればいいって。確かに狩猟の技術を何人かに教えておけば、僕が辞めた後も鹿肉を食べたくなったら「ちょうだい」って言えますからね。そのためにもそろそろ教えていかなくちゃと思っています。

工房の敷地内で育った半野良猫。川越さんにとても懐いていて姿を見ると「何かくれ~」と寄ってきます。とてもめんこかった

秋口の鹿は「美味しそう」

エゾシカの場合は10月に猟期が始まるので、最初の1頭を獲って食べるのがすごく楽しみです。やっと今期の鹿肉を食べられるなと。

春先のエゾシカは背骨が浮くくらいガリガリに痩せているんです。そうなると内臓も半分くらいの大きさしかなくて、見るからに不味そうなんですね。

それが夏場に美味しいものを食べて脂も蓄えて、実際に秋頃からは美味しい肉になります。

その時期の雄鹿は体の色が黒くなり角も生えてきて、そろそろ美味しそうになってきたなぁと。もう僕の鹿の見方はそんな感じです。だいぶ脂がついて美味しそうだなぁって。

だから10月になるのが、毎年楽しみなんです。


趣味の狩猟をしてみたい

夢はと聞かれると、今までやったことがないから、趣味で狩猟をしてみたいですね。もちろん自分が食べる分だけ獲る狩猟です。

あとは熊やカモの猟もやってみたいです。熊の肉も食べてみると美味しいですよ。

熊が美味しい時期なら熊を、カモが美味しい時期ならカモ猟って。鹿ももちろんやります。

その他にも工房の敷地内で畑もやっているので、のんびりと自給自足のような生活ができたらいいですね。

※エゾシカ個体数について明治時代には乱獲と豪雪により一時絶滅の危機にあるとして狩猟が禁じられる。その後狩猟の解禁と禁止を繰り返しながら1957年には雄鹿、1994年には雌鹿も狩猟が解禁となるものの、農地の拡大により餌場が広がったことや、天敵のエゾオオカミの絶滅、積雪期の温暖化により淘汰されてきた個体が越冬できるようになった、エゾシカ自体の繁殖力などさまざまな原因により、90年代から爆発的に数が増加。2021年には全道の推定生息数が69万頭とされている。(参考:北海道環境生活部自然環境局 令和3年度エゾシカ推定生息数

鹿もヒグマも住む森の中に、工房カワゴエはあります

根室は生と死が身近にある場所だと、個人的にずっと感じてきました。山や川に行くと野良猫や鹿やキツネの死骸をよく目にし、子供の頃はショックと同時に、他者の命について肌で感じる日々を送っていたように思います。そして命をもらい食べることは、人が生きていくためになくてはならない根源的なこと。便利な世の中になり、食と命の在り方を考える機会が薄れているような気がします。人の営みとして、忘れてしまいそうな大事なことを、川越さんのお話からたくさん思い出させていただくことができました。川越さんが獲った美味しい鹿の肉をもっと多くの方に食べてもらい、そして命のつながりを感じてもらえたらと思います。

プロフィール

川越信大(カワゴエ ノブヒロ)

工房カワゴエ代表

1965年 根室市生まれ根室市育ち

1990年 プロハンターの道へ

2006年 別海町から根室市酪陽へ移り現在に至る

工房カワゴエ問い合わせ)Tel 0153-25-4300  Fax 0153-25-4301


後日談

4月に入り再び川越さんを訪ねたところ、採れたての白樺樹液をたくさんいただいてしまいました。ほんのりトロリと甘みがある白樺の樹液は、コーヒーにもお味噌汁にもとても合います。今年は3月の気温が高く、いつもより早い時期から樹液を採取していたのだとか。多い日には4リットルもの樹液が出て1日の飲食用には十分な量になるのだそうです。鹿肉もあり畑で野菜も採れ、水分も白樺からもらえるなんて。自然の恵みをもらい日々を営む川越さんの、ネオ・プリミティヴな生き方は、私の憧れでもあります。

白樺の樹液を分けてくださいました

2023年3月11日取材

取材・撮影・文/こやまけいこ

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