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短編小説『相変わらずキレイな幸子』

幸子とは不仲ではないがセックスはない。寝室も同じではない。結婚して15年になるが最後にしたのはいつであったか覚えていない。

出会った頃のオレたちはまだ若かった。幸子は大阪に住んでおり、オレは京都から逢いにいった。二人の時間はあっという間に過ぎゆき、オレが用を足しにいったのが、京都方面行きの最終列車が発車する頃だった。もちろん、その時間に合わせてトイレに行った。そのせいで終電を逃したことにしたかった。幸子が拒めばネットカフェにでも泊まるつもりをしていたが、幸子はオレをアパートへ連れていってくれた。

コンビニで買って帰ったお酒で改めて乾杯し、順番に入浴し、オレは来客用の布団で寝ることになっていたが、結果として、その来客用の布団が使われることはなかった。「来客用の布団を出した」という事実のために押し入れから出しただけであった。そういうつもりではなかったのだという、エクスキューズのために、あの布団の出し入れが必要であった。

大きめのパジャマに身を包んだ幸子はキレイだった。胸元から覗く乳を見ないフリをした。恥じらうことなど何もない美しい裸体の幸子はしかし、はじめてオレに抱かれるとき、オレを上目遣いで見つめながら「電気、消して」とつぶやいた。

あの頃の幸子はもういない。体に触れさせてくれることもなくなった。コロナのせいにしているが、オレはコロナの前から幸子の体温を忘れている。それで別にいいと思っている。結婚15年の夫婦が毎晩求め合うのも異常なのではあるまいか。しかし、毎晩は異常でも月に一度なら・・・三ヶ月に・・・いや、半年に・・・少なくとも一年に・・・別にいいと思っているというのは建前に過ぎないのかもしれない。

その日は久しぶりに早く帰宅できそうだったので、オレが晩飯を作ることになった。帰りにスーパーに寄り、野菜を物色していると「トシくんも来てたんやー」と後ろから声を掛けられ、振り向くと幸子がいた。家の外で偶然出会う幸子は、あの頃と変わらずキレイだった。「オレが作るて言うてたし、なんか買って帰ろかと思ってな」「そうなんや。いいよ、じゃあワタシがまとめて買うとくわ」胸が高鳴り、何を言っているのかよくわからなかったが頷いておいた。

久しぶりに晩飯を作った。と言ってもたいしたものではなく、梅干しとシラスの入ったチャーハンである。学生時代から自炊といえば、それしかしていないから、それだけはそれなりに美味しく作れる。家族の評判は上々であった。

順番に入浴するが、幸子は二人の子と一緒に入る。オレは一人。あの頃とは違うのだ。居間の電気を付けたまま、幸子と子供たちは寝室へ行き、歯磨きを済ませ、布団に入ってしまった。オレはまだ眠くないので居間で小説を読んでいたのだが、襖の間から灯りがこぼれて子供たちが眠れないらしい。やや不機嫌そうな幸子の声が「電気、消して」とつぶやいた。

#令和3年12月4日  #コラム #エッセイ #日記
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