エッセイ『秋の古本まつりと北海道ラーメン』
もう4年前くらいかな。百万遍の秋の古本まつりへ行くつもりしていたらDJの佐藤弘樹さんも行くというので、現地で落ち合うことになっていました。佐藤さんは先に出発していたんですが、僕が出発するまでの間、局内が何やら騒がしく、どうやら佐藤さんを探している様子だったので、事情を聞くと、どこやらの偉い人が佐藤さんと会う約束をしていて、もうすぐ来るというのに佐藤さんがいないし連絡も取れないからどうしたものかと周りの人たちが焦っていたのでした。
約束をぶちられた偉い人や騒いでる周りの人には申し訳ないのですが、僕はこの状況が「面白い」と思いました。普段から人の失敗にはネチネチネチネチイヤミを言いやがる佐藤さんが失敗したわけですから、こんな面白いことはない。早く百万遍に到着して、このことは僕が佐藤さんに知らせてやりたいから、僕が知らせるまでは電話は繋がるなよと思い、急いで百万遍へ向かいました。
無事、百万遍知恩寺に着き、古本屋さんのテントが並ぶ境内で佐藤さんを探すと後ろ姿が見えたので声を掛けた。「おー、来たのか」まぁ、そんな感じのことを言ったと思う。僕はちょっと兄さん事件ですぜって具合にちょっと大事っぽく「佐藤さん、なんか局で佐藤さんがいなくって大騒ぎでしたよ。N市の副市長さんが・・・」と、そこまで伝えると、それまで僕には見せたことのない「しまった」という顔をしたので、僕はますます嬉しくなり、「あら、なんか、まずいことになったんですか」ととぼけた質問をしてみたりした。
佐藤さんは少し離れたところで電話をしにいきました。たぶん関係者のうちの誰かにごめんなさいしていたんだと思います。僕は内心ウキウキしました。「いやー、局内大騒ぎでしたからね。」などと言って追い討ちをかけてやろうかと思いました。普段の仕返しをするなら今だと思いました。弱い者が強い者に抗うには徹底的に弱点を攻めるしかないのだ。「えー!わざわざN市から来られてたんですかー」「まあ、仕方ないですよ。もうどうしようもないんですから」アルミホイルを噛んだみたいな顔をしている佐藤さんが面白くて仕方なかった。
「飯でも食って帰るか」とおっしゃるので「え、早く帰らなくてもいいんですか?いや、まあ、でも今から急いだところで、ですもんねー」などと言いながら、百万遍の交差点にある北海道ラーメンと書かれたラーメン屋さんへ入りました。この秋が佐藤さんにとっては最後の秋で、翌年の6月に佐藤さんは亡くなりました。コロナを知らずに亡くなりました。死ぬ8ヵ月ほど前でしたかね。今思えば、それにしては食欲旺盛でラーメン大盛りにチャーハンを付けて餃子も食べたように思う。同じものを僕にもご馳走してくれました。佐藤さんは北海道出身です。「京都に来てから北海道ラーメンって書いてるラーメン屋さんには何軒か行っていて、どこも美味しくなかったんだけど、ここのは美味しいねえ。うんうん、美味い美味い」一人ごちながら食べる佐藤さんにごちになる僕。確かに美味いけど、北海道出身のおじさんが大絶賛するほどではないよなーと奢ってもらってるくせにそんなこと思ったらいけないのかもしれませんが。その日は結局、古本祭りは碌に見ることなく、ラーメンを食って佐藤さんは帰っていきました。僕もその日の古本まつりのことは全く覚えていないのです。あの北海道ラーメンとチャーハンと餃子を食べる佐藤さんと、美味い美味いという、低い声しか覚えていません。年々、声の記憶は曖昧になっている気がするし、この日の記憶も年々、僕の余計な脚色が加わっていると思いますが、なんにせよ、百万遍の秋の古本まつりになると、あの年以来、僕は毎日、あの北海道ラーメンのお店へ行き、ラーメン大盛りとチャーハンと餃子を食べるのです。