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短編小説『持続可能な循環野球』

 村神様っていうのが僕はなんだかイヤで大人たちってほんとにしょーもない言葉遊びが好きだよなーって思ってしまうけどそれでもあの憎たらしい読売の大勢とかいう新人の渾身の外角高めのストレートを振り抜いてスタンドに持っていったのにはほんとにびっくりしたしあれは神の所業といってもよかったかもしれないって思った。僕は野球部に入ることにした。

 はじめての練習試合で僕はまだ入部仕立てだったからベンチに入れてもらえなかったから客席で見学するだけだったけど、ベンチの真上の席にいたから監督や試合に出る子たちの声も聞こえてきた。練習試合とはいえ試合は試合や、強敵というわけやないが油断してたらあかん、勝負ごとは勝つか負けるか、どっちかしかあらへん。引き分けなんか無いと思えよ。やるからには例え相手が格下でも挑戦者のつもりで勝ちをもぎ取りに行くんや、ええか!やったるで!
監督の勇ましい発破が聞こえてきて僕は感動で震えてきた。いつか僕もあの円陣に加わってやるぞと思った。興奮を隠せない僕の頭を母ちゃんが優しく撫でてくれた。

 1回表の攻撃、1番は6年の橘さんだったが一回もバットを振らずに三振して帰ってきた。
アホな一回も振らんかったらピーに6球しか放らせられへんやないか!監督の叱責が聞こえてきた。僕はなんか変だと思った。ふつーは振らないと当たらないとか言うところではないのか。2番の同じ6年の菅谷さんはファウルで粘りに粘って結局三振に倒れたけどベンチに帰ってくるときに監督に拍手で迎えいれられた。よっしゃよっしゃ、いまので23球も放らせたぞ。初回でもう29球や。あのチームはちゃんとしたボールを放るピーはあいつしかおらんからな、早いうちに球数放らせて引き摺り下ろしたらこっちの勝ちやぞ。

 3番で5年の古川さんは15球投げさせてフォアボールで出塁、4番で6年の大工さんは18球投げさせてフォアボールで出塁、5番で5年の宮司さんは16球投げさせてセカンドゴロでチェンジ。23球投げさせた菅谷さんが他の4人に偉そうにしていた。

 裏の相手の攻撃はあっという間に終わってしまった。2回表、6番で6年の本間さんは20球投げさせて凡退、7番で5年の保科さんは19球投げさせて凡退して帰ってきたとき、あと1球やったのに惜しい!と言ったが、8番で6年の露木さんが22球投げさせて凡退して帰ってきたとき、「どっちにしろあかんかったな!」と言って本間さんと笑い合っていた。

 裏の相手の攻撃はあっという間に終わってしまった。3回表、マウンドにはそれまでのピッチャーはいなくなっていました。次に出てきたピッチャーは僕の目から見てもたいしたことがないのがわかりました。体も小さいしストレートは山なりでキャッチャーミットめがけてお辞儀をしているみたい。お父ちゃんのおしっこみたいな放物線です。案の定、うちで一番打力が無いから9番にされている4年の勅使河原さんが8球粘ってからストレートをセンター前へ弾き返します。ノーアウト1塁、1番の橘さんはバントの構えです。初球、勅使河原さんが盗塁を仕掛けました。山なりのストレートを放ったあとでは間に合うはずがありません。楽々セーフとなりました。橘さんはまたもバントの構えです。二球目、勅使河原さんは三盗を試み、こちらも余裕でセーフです3塁にランナーを置いて制球が定まらなくなったピッチャーはこの後橘さんを四球で歩かせてしまい、ノーアウト1塁3塁のピンチ、2番の菅谷さんもバントの構え。初球、一塁の橘さんが盗塁を仕掛けます。あわてたキャッチャーがセカンドへ放ったところを3塁の勅使河原さんが猛チャージでホームを奪い1点先制、なおもランナー2塁、2塁ランナーが三盗を決め、バッターはフォアボールで出塁、一塁ランナー盗塁、三塁ランナー生還、延々と繰り返される持続可能な循環野球でこの回、一挙86点を奪い勝利をものにしましたが、僕はこんなクソみたいな野球をするくらいなら家でお父ちゃんのおしっこの放物線を眺めているほうがマシだと思いました。

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