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短編小説『無音の壁を破るの何でしょうかクイズのコーナー』

3分待って、蓋を開けたいのに蓋が未開封であることが最近は多い。もちろんお湯が入っているはずもない。表面のビニールだけ剥き、机に置いただけのカップ麺を座して3分見つめていた。こうして順番を間違えることが増えた気がする。妻子がいた頃は冗談でそういうことをしてもいた。息子2人がキャッキャキャッキャ喜んだ。シャツを裏返しに着たり、片足ごと違う靴下を履いたり、新聞を反対向きに読んだり、そういうことを気づかれるまでやり、気づかれないと不機嫌になった。まず妻が相手しなくなり、息子2人も追随したがったが許さなかった。目を凝らしていても気づかなかったという場合にも容赦なく罵声を浴びせるような父親であった。息子2人は、その日の父親の違和感に神経を研ぎ澄ます必要があった。気づきさえすれば機嫌はよかったが、息子2人は疲弊していた。見かねた妻は子を連れて実家へ帰ってしまったが、彼にはそれがどうしてなのかわからなかった。わからないまま、机に置いただけのカップ麺を座して3分見つめていた。

最初は誰にもつっこまれないボケのつもりでいた。3分間待ったあとに「って誰もおらんやないかい!」と自分自身にツッコミを入れた。無音。さて、今回無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナー!!!

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いちばん多いのが冷蔵庫のブオーンという音である。ブ音と名付けていた。7割の確率で正解はブ音である。スマホの振動音の場合も多い。妻からのLINEかもしれないと開いてみるが、妻だった試しがない。無料のスタンプが欲しかったから大昔に友達になったよく知らない会社からのお知らせしか来ないが、無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナーで、正解をスマホの振動音であると自分の中で設定したとき、ジャストのタイミングでLINEが届いたときばかりは、その会社のことが愛おしくなる。

無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナーをはじめるにあたり、未開封のカップ麺は必要不可欠であるため、食べることはせず、また別のカップ麺を買いに行く。未開封のカップ麺は一つあれば事足りるが、クイズに興じるたびに買い足していくため、部屋は未開封のカップ麺庫の様相を呈していったが、これでひとまず非常時も問題はあるまいと開き直った。

しかし、そういえば、カップ麺はいつお湯を注げばよいのだったか。蓋を開けるのが先か、それともいったんお湯を注いでから蓋を開けるのだったか。そんなことも忘れてしまった上司が島耕作シリーズに出てきたよな〜となんとなく思い出してみたものの、「島耕作 カップ麺」で検索してもそれらしき人物に関する情報は出てこなかった。

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ブ音。

窓を閉めて寝ているのにアスファルトや屋根を撃つ激しい雨音で目が覚めた。午前2時。どこかで猫が鳴いている。こうやかましくては無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナーも実施できない。寝返りを打つ気力もない。四十数年間枕代わりにしてきたためか、右腕はもう頭を支える機能を有していない。左腕を枕にするのはなぜか気持ち悪いし、左半身を下にすると心臓の鼓動が気になって眠れない。うつ伏せは年々窒息が気になり出した。仰向けで身動きをとらずに眠るしかない。身動きしてはならないと言い聞かせながら眠るのはそれなりにストレスがかかる。ケージ飼いのニワトリのことを思う。

雨音が和らぐにつれて輪郭が露わになってきたが、どうやら猫以外の生き物の声もする。隣の女が男を連れ込んでいるらしい。女の声しかしない。あるいは男の声は籠っていて聞こえにくいのかもしれない。起き上がり、窓を開けてみたが雨音が大きくなるだけだったのですぐ閉めた。壁際へ移動して耳を澄ませば聞こえてくるのはやはり女の声だけであった。

あかんって!だって!猫が鳴いてるもん!

無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナーの回答に設定してみたい名セリフであるが、今度午前2時にクイズを始めてみたところで、彼女と彼がいたしているのだとすれば、前提となる無音状態を作ることができない。よしんば、無音状態を作ることができたとして、女が感極まる同じタイミングで猫が鳴いているとしても、女が全く同じ反応をするとは考えにくい。右手でおちんちんを握りしめながら、目を閉じ、女と猫の声を聞いて壁際で眠りに落ちた。

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ブ音。

騒がしいと思ったら全部自分の一人言であることが増えた。賑やかなのは悪いことではないが、あまりうるさいと無音の壁を破るのは何でしょうかクイズのコーナーができないから、みんなにはそのときだけは静かにしてくれとキツく言ってある。カップ麺を買ってきたら、こんなに大量にあるのにまた買ってきたの!?って怒られちゃって、イヤになるね、まったく。と、まんざらでもなかったりする。

#令和3年7月31日  #コラム #エッセイ
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