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餅が好きな幽霊【怪談・怖い話】



知人から聞いた話(伝聞)

彼の家は、餅を置けない家だった。
餅を置いておくと、お化けが出るというのだ。そのお化けはつきたての餅が大好きで、つきたての餅を置いておくと、家人の目を盗んで食べてしまうらしい。気づくと餅が減っていて、やられた、となるのだそうだ。

知人が子供の頃は、正月になると祖父が餅つき機で餅をついて、のし餅を作っていた。のし餅は、つきたての餅を袋に入れてのし、保管する。袋に入っているので、お化けに盗まれない。そういうものなのだという。
「餅は食うまで切るな。切ったら早う食いきれ」
そういう決まりだったという。

餅を食べるお化けの話

とはいえ、つきたての餅は美味いものだ。お化けでなくても食べたくなるものだ。知人もそれは同じで、餅をつく祖父に頼んで、つきたての餅をわけてもらっていた。その場できなこやあんこをまとわせて食べてしまえば、お化けには盗られない。

ある年の正月も、知人は祖父からつきたての餅をわけてもらった。丸めた餅を、砂糖と合わせた甘いきな粉に落とす。コロコロと転がして一面にまとわせ、さあ食べようとしたところで、インターホンが鳴った。知人はちょっとそちらを見た。祖父は熱い餅を袋に入れるのに苦心していた。他の家族は近くにいなかった。ほんの一瞬、誰も餅を見ていない時間があった。知人が視線を戻したときには、もうきな粉餅は消えていた。

「そりゃ泣いたよ。餅がなくなってるんだもん」
知人はその時のことを思い出すと、未だに腹立たしさを覚えるという。楽しみにしていた、大好きなきな粉餅。それがほんの一瞬で盗まれたのだ。それはそれは悔しくて、悲しくて、なにより腹が立ったという。

「正月の思い出と言われると、一番に思い出すよ。餅が取られたって大泣きしてさ。親父には笑われるし、お袋には呆れられるしで散々だった」
「餅は食えなかったのか?」
「いや。じいちゃんがもうひとつ餅をくれて、それを泣きながら食べた。あと、姉ちゃんに『アンタほっぺとかお腹とか、おもちみたいだし。間違って盗られちゃうかもね』っておどかされて、夜にまた泣いたのも覚えてる」「いい思い出じゃないか」
彼は非常に不服そうだったが、否定はしなかった。

幽霊の正体と歴史的背景

さて、この話を聞いた私は少し調べてみることにした。日本の伝統文化や風習には、餅にまつわる数多くの神話や伝説がある。例えば、古代の日本では餅は神聖な食べ物とされ、祭りや儀式の際に神々に捧げられていた。餅は豊穣や繁栄の象徴であり、特に正月には新年の幸運を願って家族全員で餅をつく習慣があった。

一方で、お化けや妖怪も餅に強い興味を示すことが伝説の中で語られている。平安時代の「今昔物語集」には、餅を食べる妖怪の話がいくつか記録されている。このような背景から、知人の家に出没するお化けも、もしかしたら古代の伝説に由来するものかもしれないと感じた。

また、餅をつく際に使う臼と杵も、歴史的には特別な意味を持つ道具である。古代の日本では、臼と杵は神聖なものであり、悪霊を退散させる力があると信じられていた。そのため、餅をつく行為自体が一種の儀式であり、家族や地域社会を結びつける重要なイベントであった。

知人の家では、餅を盗むお化けの存在が家族の記憶や体験として語り継がれている。この話を聞いて、私もまた、餅にまつわる数々の伝説や歴史に思いを馳せることができた。餅はただの食べ物ではなく、文化や伝統、そして人々の心の中に生き続ける象徴なのだ。


後日談

それから数年後、私は再び知人と話す機会があった。知人はその後、家族と共に新しい家に引っ越していた。新しい家にはもちろん、お化けが出ることはなく、餅を安心して食べられるようになったと言う。

しかし、ある冬の日、知人はふと子供の頃の記憶を思い出した。餅を盗まれた悔しさと悲しさ、それを乗り越えて祖父がもう一つ餅をくれた温かさ。そして、姉におどかされて泣いた夜のこと。

その日、知人は久しぶりに餅をつくことに決めた。祖父が使っていた古い餅つき機を探し出し、家族と共に餅をついた。臼と杵の音が響く中、知人は子供の頃の自分と向き合い、あの頃の気持ちを思い返していた。

餅が出来上がり、知人は丸めた餅をきな粉に転がして、家族と一緒に食べた。その時、知人はふと気づいた。あの時のきな粉餅が消えた理由がわかったような気がしたのだ。

家族全員が餅を楽しんでいる中、知人はそっと一人分のきな粉餅を庭の隅に置いた。「これで、あのお化けも満足してくれるかな」と、知人は微笑んだ。

その夜、不思議な夢を見た。夢の中で、祖父と一緒に餅をついていると、ふと誰かが背後に立っているのに気づいた。振り返ると、そこには幼い自分がいた。笑顔で餅を食べている自分の姿に、知人は温かな気持ちを抱いた。

目が覚めると、知人は再び庭を見に行った。そこには、昨夜置いたはずのきな粉餅が、まるで誰かに食べられたかのように跡形もなく消えていた。

「やっぱり、お化けは存在するんだな」と、知人は小さく笑った。その後、知人は毎年正月になると、必ず一つのきな粉餅を庭に置くようになった。それは、子供の頃の自分と祖父、そしてあのお化けへの感謝の気持ちを込めた小さな儀式だった。

こうして、知人の家族は新しい家でも、古い家の伝統と温かさを引き継ぎながら、毎年楽しい正月を過ごしている。


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