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紫の座布団【稲川淳二オマージュ】

不思議な話、って、ありますよねえ。

その日は、私の友人と、その友人の先輩という人と、三人で、久しぶりに会うことになっていました。久しぶりに会ったので、飲みに行ったんです。そうしたら、その席で先輩が、「稲川さん、不思議なことって、ありますよね」と話し始めたんです。

その先輩が言うには、昔、自分が友人に話したけれども、その後すっかり忘れてしまった話があるんだそうです。「その友人に言われて、思い出したんだけど、今度お会いしたら、稲川さんに話そうと思っていたんですよ」と。

その話というのは……

先輩がまだ小さい頃のことです。よく歌ってもらった子守唄があると言うんです。でも、自分ではその歌を覚えていないので、お母さんに聞いてみたそうです。すると、お母さんが「そんな歌、知らないわよ」と言うんです。不思議に思った先輩は、母親がボケたのか、それとも自分の勘違いなのかと考えました。でも、先輩はその歌をはっきりと覚えているんです。

「じゃあ、いったいぜんたい、誰が歌ってくれたんだろう」と、先輩はずっと思っていたそうです。「それでねえ、稲川さん、それだけじゃないんです」と先輩は続けました。「というのは、私は子供のとき、確かに家族がもう一人多かったんです」

先輩が四歳か五歳くらいまでの時、彼の家には、大ばあちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、自分、弟、妹の八人家族だったそうです。そこで、なんとなく頭にあったことを思い出し、「小さいときにさあ、家におばあちゃん、もう一人いたよね」とお母さんに聞いてみました。すると、お母さんが「いや、そんな人いないよ。昔から七人家族だよ」と言うんです。

ええ!?おかしいなあ。自分にとっても、そんなにはっきりした記憶ではないけれど、小さいときに家族が集まる部屋があった。そこには仏壇があり、押入れがあって、そこでよくみんなでご飯を食べたと言うんです。その押入れの前あたりで、いつも小さなおばあちゃんが紫色の座布団を敷いて、ちょこんと座っていたと。しかし、いつの頃からか、いなくなった。

その後しばらくして、先輩の実家のお兄さんから連絡があったそうです。「久しぶり。実はなあ、もう親父も亡くなったし、そろそろ家を改築したいんだ。で、昔からのものが家にはずいぶんとあるから、まあ、後々の財産分けのこともあるし、おまえも一度手伝いに来ないか」と。

先輩は、「片付けながら、少しチェックしてくれ」と言われたそうです。「最初は片付けが大変だから、おまえも手伝いに来いってことだろうと、そういうもんだと、思っていたんです」

そして、家族が昔からよく集まった部屋、ご飯を食べたその部屋、仏壇のあるその部屋に行って、押入れの周りを片付けました。すると、いろんなものが出てきました。古いものもたくさんありましたが、見たことのない木箱が出てきたんです。紐が付いていて、手に持ってみるとそこそこ重い。「これは、壷かな」と思い、お兄さんに「兄貴、なんかこれ、入っているけど」と言いました。

ところが……

その木箱の上に書いてある文字がすすけていて読めませんでした。でも、大切なものだろうと思った。木箱に入っていたからです。兄貴と二人で紐を解いて蓋を開けました。すると、中におおいを被った物が入っていました。「なんだろう?」お兄さんが布をめくった瞬間、そこには古い頭蓋骨がありました。

「ええ!?稲川さん、本当にそのときは驚きましたよ」と先輩は言います。なんとそこには古い頭蓋骨があったんです。お兄さんが「なんだこれ?ひょっとして」と言い、「もしかすると、土葬時代のうちの先祖かもしれないぞ…」

「でも、なんでこんなところにあるんだろう…」二人でその頭蓋骨をお寺さんに持って行くことにしました。「しばらく預かってもらえませんか」とお願いし、それなりの供養をしようとしました。

「ただ、稲川さん、不思議なんですけど、その頭蓋骨の下に紫色の座布団が敷いてあったんですよねえ」と先輩は言います。「今から思うと、あの歌を歌ってくれたのはあの頭蓋骨だったのかもしれません」

「考えたら、それ、ずーーーっと家にいたんですよねえ」先輩は話を終えました。

だって、あの子守唄、誰も知らないんですから。きっと、その子守唄を歌ってくれたのは、それだったんじゃないでしょうか…。

(了)

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