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心の闇に迷い込んだ男【怪談・怖い話】


夏の終わり、ある百物語の饗宴が催された。

暑く蒸し暑い季節が過ぎようとしていた。私は石田という友人から、郊外の寺院で開かれる百物語の会に誘われた。百物語とは、昔ながらの怪談の場に行われる風習だ。百本の蝋燭に火を付け、一人一人が怪談を語り、最後の一本の蝋燭が消えた時、本当の幽霊が現れるという噂がある。石田は最近、写真を趣味としており、そういった風物が好きらしい。一方で私は、彼とは正反対の人間だった。脚本を書いており、演劇の常識を打ち破ることに情熱を燃やしていた。だが、この百物語への誘いは断れなかった。

当日は蒸し暑い日和だったが、船着場に着くと、南風が心地よく吹いていた。そこから二階へ案内されると、見知らぬ顔ぶれの中に、吉田という俳優の姿があった。彼の前では年若い俳優が、「これからの俳優は読書が大切だ」といった調子の台詞を述べていた。それはかつて私が観た低俗な演劇の一場面を思い起こさせた。

やがて世話役の者が船へと客を促し、みな黙々と乗り込んだ。船上には酒肴が用意されていたが、誰一人として手を付けようとはしなかった。沈黙の中、ようやくある老人が「どうぞ皆さん」と声を掛け、やっとみな飲み食いを始めた。船は川を上り、ゴミが浮く汚れた水面を指し示しながら進んでいった。

鬱蒼とした森に佇む、怪しげな館。

寺院の近くで船を下り、履物が混ざり合って紛れを生じたが、みな無言で館への道を歩き始めた。高い生垣に囲まれた館には、奇妙な人形がちらほら置かれていた。石田と合流すると、主催者の白石という男が私に紹介された。目は充血し、長い顔つきが何やら鬱屈した様子を示していた。隣には小柄な女性、美咲が付き添っていた。

白石は豪遊が過ぎて昼夜が逆転しているようで、その沈鬱な態度からは深い悩みを感じ取れた。一方、美咲は最も美しい芸者と言われていたが、その犠牲的な仕草からは看護婦を彷彿とさせた。二人の関係は少し不可解だった。

私は鮓を啜りながら、白石の動向を見守っていた。やがて白石は吉田を見送りに立ち、美咲と共に奥へ消えていった。石田から「これから怪談が始まる」と教えられたが、私の好奇心は既に満たされていた。取り違えられた下駄を履き、怪物屋敷を後にした。

後日談

数日後、石田から「白石さんは美咲を連れて二階へ上がり、寝た」と聞かされた。私はその言葉に違和感を覚えた。なぜなら、白石の悲しげな面持ちや、美咲の献身的な振る舞いから、ある重大な秘密が隠されているように思えたからだ。

私は自身の疑問を紐解くため、再び白石の館を訪れた。今度はもっと深く、その男の人となりを探ろうと意気込んだ。館内を歩き回ると、壁に掛かった肖像画に目が留まった。そこには病弱な少年の姿が描かれており、まるで白石の幼少期を写したかのようだった。

更に屋敷内を調べていくうちに、衝撃的な事実が明らかとなった。白石は実は数年前、不治の病を発症していたのだ。美咲は芸者ではなく、看護師として白石に付き添っていた。豪遊と称された振る舞いは、死を受け入れるための手段だったのかもしれない。

そして遂に、黒い霧のような形で、白石の魂が館を去る光景を目撃した。生前の白石が秘めていた、闇と呼ぶべき深淵の一端を垣間見たのだった。人は死を恐れ、時に光を失う。しかし白石は最後まで尊厳を持ち続け、沈黙の中で人生の終焉を受け入れたのだろう。

私はその日、生と死の間に存在する神秘的な領域を一瞥したような気がした。人の魂には、いつだって陰と陽の両面があり、光と影のはざまでもがき苦しむのだ。この体験を通し、私は人間の本質に一歩近づけたかもしれない。


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