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兄を呼ぶ声:存在しない妹の足跡【怪談・怖い話】


知人から聞いた話(伝聞)

知人が小学生のころに住んでいた家には、『妹』がいた。朝、起きるとき。夕方、帰ってきたとき。宿題をしているとき。お風呂に入っているとき。そういう時に、時々声をかけてくるものがいたという。
「お兄ちゃん」
そう呼び掛けてくる、女の子の声。知人は当たり前のようにそれを『妹』と認識して、返事をしていた。そして返事をした直後に思い出す。
自分に『妹』などいないことを。

「それだけだと、思ってたんだけど」知人は落ちつかない様子で、そう続けた。「いたんだって」
「なにが?」
「妹が」
「?」
要領を得ない話を整理すると、こういうことらしい。彼の家に『妹』はいない。これはたしかなことだ。彼も彼の両親もそう認識しているし、戸籍にも『妹』は存在しない。
しかし彼の周囲の人間──友人や近所の人は、彼に『妹』がいると認識していた。彼や彼の両親から『妹』について話を聞いているし、中には『妹』を見たことがある、という人もいる。
「え? 昨日、公園に連れてきてたじゃん」
友人にそう言われた時、彼は大いに困惑したそうだ。

もちろん彼も、彼の両親も、『妹』の話などした記憶はない。ましてや連れて歩くなど、不可能だ。そんな人間は存在しないのだから。周囲にだけ認識されている、存在しないはずの『妹』。
「お兄ちゃん」
そういうものが、彼の家にはいた。

彼が中学にあがったころ、彼の一家は同じ市内にマイホームを建てて、そちらへ居を移した。
「お兄ちゃん」
そう呼び掛けてくる声は、家が変わると同時に聞こえなくなった。また周囲も、彼の存在しない『妹』について言及してくることはなくなったという。引っ越しから数ヶ月後、彼がそれとなく友人たちに確かめてみたところ、『妹』のことは誰も覚えていなかった。
「え? お前、一人っ子だろ?」
そう言われて、彼はまた、大いに困惑したそうだ。

最近、同窓会があってさ

「最近、同窓会があってさ。同級生が集まって、当時の写真とか、卒アルとか、みんなで見たんだけど……これ」
彼は私に、プリントアウトした写真を見せてきた。十人くらいの小学生が写った、集合写真だった。
「これが俺。隣が田中。その隣が大村。こっちが──」
彼は一人ずつ指を指して、名前をあげていく。そして最後の一人。周りより二つか三つ年下に見える女の子を指差した。
「これが、『妹』。──そう言われた」
「………………」
私はなにも言えず、黙ってその『妹』を見た。どことなく彼に似た顔つき。薄ピンクのTシャツに、デニムのスカート。癖のある髪をポニーテールにした、ごく普通の女の子だった。
「……『妹』はいないんだろ?」
「いない」
彼は頭を抱えた。同窓会で集合写真を見て、これは誰?と聞いたら、友人たちに言われたそうだ。
「え? お前の妹じゃん」
そう言われて、彼はもう、なにがなんだかわからなくなったという。
「いないんだよ、『妹』なんて。本当なんだ」
「わかってるよ」
「なのにみんなは『妹』を知ってて……なあ、俺の頭がおかしいのか?」
「そんなことないよ。落ち着け」
「……お前は、俺の『妹』、知ってるか?」
「いや、知らない」

その時はそう答えたが、それは実は嘘だった。私は過去に、『妹』と街を歩く彼に出くわしたことがある。
「その子は?」
「『妹』だよ」
そう会話をして、『妹』にも挨拶をした。ずいぶん年の離れた『妹』だと思ったのを、よく覚えている。秋口だというのに、薄ピンクのTシャツに、デニムのスカートという薄着をしていて、寒くないのだろうか、と思ったのも覚えている。
どことなく彼に似た顔つきも、癖っ毛のポニーテールも、よく覚えている。だから、写真を見たときは驚いた。私が記憶している『妹』が、そっくりそのまま写っていたのだから。

その後、彼と『妹』の話をすることはなかった。だから私が会った『妹』の正体はわからずじまいだ。
「お兄ちゃん」
甘えるような声で彼をそう呼んでいたあの子は、なんだったのだろう。

数日後、友人たちに再度確認を取った

数日後、彼は再び友人たちに連絡を取り、当時の記憶について再度確認してみることにした。友人たちは皆、一様に「妹」を覚えていると言った。しかし、その記憶は曖昧で、具体的な出来事や特徴についてはほとんど覚えていなかった。ただ一つ、皆が共通して語るのは、その「妹」がいつも薄ピンクのTシャツにデニムのスカートを着ていたことだった。まるでそれが彼女の制服のように、同じ服装で彼らの記憶に残っていた。

彼の家の歴史を調べ始めた

さらに疑問が深まった彼は、住んでいた家の歴史を調べ始めた。すると、驚くべき事実が浮かび上がった。彼が住んでいた家は、以前も家族連れが住んでいたのだが、その家族には同じくらいの年齢の娘がいたという。そして、その娘は彼の家族が引っ越してくる前に、不慮の事故で亡くなっていたというのだ。彼女の名前は「さやか」、まさに彼の「妹」として周囲に認識されていた名前だった。

この話を知った彼は、さらに不安と混乱に包まれた。彼の頭の中で、薄ピンクのTシャツにデニムのスカートを着た女の子の姿が、ますます鮮明になっていった。

偶然の一致か、それとも何かの仕業か

彼は自分が見た「妹」が、本当にさやかの霊だったのか、それとも単なる偶然の一致だったのかを考え続けた。彼の頭の中には、さやかが彼の「妹」として現れた理由がどうしてもわからなかった。そして、彼の記憶にはっきりと残る「お兄ちゃん」という声と、その温かい存在感は、単なる幻想とは思えなかった。

彼はその後も何度もその家に足を運び、さやかの家族のことを調べ続けた。すると、さらに驚くべき事実が明らかになった。さやかの家族もまた、彼と同じように「妹」の存在に悩まされていたというのだ。さやかの兄は、彼と同じように、亡くなった妹の声を聞き続け、存在しない妹と会話をしていたという。



後日談

それから数年後、彼は再び旧友と再会する機会があった。旧友たちと当時の話をする中で、彼は改めて「妹」の話を切り出した。
すると、驚いたことに、友人の一人が新たな情報を持ってきたのだ。友人の話によると、さやかの家族は実は非常に霊感の強い家族で、さやか自身も生前から霊的な存在と交流があったという。

さらに、さやかの母親が最近になって、彼の家族が住んでいた家の前を通りかかったとき、彼女の霊を感じたと言ったのだ。さやかの母親は、その場で手を合わせ、さやかの魂が安らかであるように祈ったという。その話を聞いた彼は、さやかの霊がまだあの家に残っていることを確信した。

そして、彼自身もその後、家を訪れるたびに「お兄ちゃん」という声を聞くようになった。以前のように怖がることはなくなり、むしろその声を聞くことで心が安らぐこともあった。彼は、さやかの魂が自分の中に宿っていると感じ、彼女が自分の「妹」であることを受け入れるようになった。

それからというもの、彼はその家に定期的に足を運び、さやかの魂が安らかであるように祈ることを習慣とした。彼の「妹」としての存在は、彼にとっても重要な存在となり、彼の人生において大きな影響を与え続けた。

こうして、彼は「妹」の存在を受け入れ、彼女とのつながりを大切にしながら、前向きに生きていくことを決意したのだった。


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