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背負われた母親【稲川淳二オマージュ】

これは北九州で、本当にあった話です。

若いお父さんとお母さん、二人の子供。 上はお嬢ちゃんで四歳くらい。下は男の子で二歳くらい。 上のお姉ちゃんは幼稚園で下の男の子は保育園。 それでご両親は共働きしていて、たまたまの休みの時に母親が坊やとお姉ちゃんを連れて買い物に行きました。

街へ出ると人ごみです、休みなので。 お姉ちゃんも嬉しい、坊やもはしゃいでる。 下の子の方は小さいからおぶったりするんだけど、お姉ちゃんはお母ちゃんのスカートを掴んでいる。 それで歩いていったんですが、人ごみですから、あっち見たりこっち見たりしていくわけだ。 そうこうしているうちにお母さんも夢中になって、ついお姉ちゃんのことを忘れていた。

お姉ちゃんも周りを見ていたら、お母ちゃんがいない。

大人だったら簡単です。 背が高いから周りを見るとすぐわかるんだけど、子供だし、人ごみだからお母ちゃんが見えない。
慌てちゃった。 ちょうどすぐそばが歩道で、横断歩道がある。 信号が変わって人がサーッとそちらへ歩いて行くもんだから、何がなんだかわからず、お母ちゃんを探さなきゃと思って道路に飛び出した。 ところがすでに信号は変わっている。

飛び出した瞬間トラックが来て、はねられた。

それでお姉ちゃんははねられて即死の状態。 もちろんお母さんはショックです。 自分がちゃんと面倒を見ていたらよかったものの、面倒を見ていなかったばかりに自分の可愛い娘が死んでしまった。
それからお母さんはかなり気持ちが落ち込んで、神経がやられてしまい、とうとう勤めを辞めてしまった。 ところがそのショックがずっとたたってしまい、家では一切家事をしない。 下の子なんかは汚れたまんま。 どうなるかというと、お父さんが勤めに行く前に下の子を保育園に連れていき、仕事が終わると引き取りに行く。 下の子の坊やは汚れたまんま。

家に帰ると悲しい目をした母親が居る。

そんな日が毎日毎日毎日毎日続いた。 流石に初めのうちはお父さんも奥さんのことをかばっていたし面倒も見ていたが、やりきれなくなった。 家に帰ると奥さんがつらい顔をしている。
家の中は汚れたまんまで、子供も汚れたまんま。 お腹すかせて適当に漁って食べている、そんな状態。 ついに旦那の方も神経をやられてしまった。 なんかの言い争いでもって、発作的に物を投げてしまった。
そして奥さんを殴り殺してしまった。 そういう時って人間、神経が普通じゃないんですよね。 その奥さんをゴミでも捨てるように、畳を上げて家の下に放り投げた。

板をかぶせ、畳をかぶせ、そのまま閉めてしまった。

近所の人なんかにしてみたら、「あの人達かわいそうだなぁ、気の毒だなぁ」 なんて思っていた。 ところが一向に奥さんの姿を見ない。 子供がバタバタバタバタ汚れた格好のままで走り回っている。
「あー、どうしちゃったのかなぁ、子供の面倒もみないしなぁ。家に引きこもって泣いているのかなぁ。かわいそうだなぁ」なんて噂をしていた。 それにしてもあまりにも顔を出さない。
「あれ、もしかしてあの奥さん神経を相当やれていたからどこか病院でも入っているんじゃないだろうか」そんな噂がたった。 そんな時、町内でも年長の奥さんが一人で遊んでいるその坊やのところへ行き
「ぼく、お母ちゃん見ないね?お母ちゃんどこ行ったの?」と聞いた。 すると坊やは「おかあちゃんおうちにいる」と答えた。
「お母ちゃんおうちにいるの?お母ちゃんおうちで何やってるの?」と聞いたら坊やが 「うん、おかあちゃんおうちでねー、おとうちゃんにおんぶしてるの」

妙なことを言うなと奥さんは思った。

それで近所の奥さんを二人連れ、三人で 「こんにちは、ごめんください」 と訪れたが、返事がないので裏の方へ回って戸を開けてみた。
凄まじい臭いがする。 これは普通じゃないということですぐに警察を呼んでお巡りさんを連れてきた。
そしてお巡りさんは彼女たち三人を証人にして家に上がっていった。 畳の下から奥さんの死体が見つかった。 死後五ヶ月だったそうだ。 坊やはお母さんが死んだということが分からなかった。
ただ坊やに見えたのは、ただお父ちゃんにいつもおんぶしている、お母ちゃんの姿だった。 その子のお陰ですべてが明るみに出た。 (了)



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