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行商人の復讐【怪談・怖い話】

【オマージュ】田中貢太郎作/狸と同棲する人妻

山形県最上郡豊田村に住む行商人、仁蔵は家業に熱心に打ち込み、毎日のように村から村へと商売に出かけていた。しかし、あるとき仁蔵は行商から帰らなくなった。妻の直は心配で途方に暮れ、近所にも尋ねたが仁蔵の行方は分からなかった。そしてしばらくして、雪解けの季節が訪れた頃、仁蔵は突然姿を現した。

ふと見れば、そこには鉄格子の向こうに仁蔵の姿があった。

直は喜んで駆け寄り、仁蔵に取り付いて涙を流した。しかし、なぜかその顔には以前のような人懐っこい表情はなく、ただ無機質な視線を向けるだけだった。仁蔵は黙って懐から金を取り出し、それを直に見せた。行商で得た金銭らしい。直は一安心したが、何か違和感を覚えた。

仁蔵は戻ってきた日から、またすぐに行商に出かけるようになった。しかし、それ以前のような伝統的な旅行商人の姿勢ではなく、ただ足早に村から村へと向かうばかりだった。そんな時期に、広まり始めていた博物館の収集活動に乗じて、日本各地の土産品や希少品を集め始めたという噂もあった。

「ここは世界に名だたる博物館なのだ。これらの品々は必ず陳列されるはずだ」

その言葉通り、仁蔵の収集した品々は各地の博物館で次々と展示されていった。しかし、それらの品々にはある特徴があった。骨董家具や陶器、人形、刀剣に至るまでその外見には無機質な冷たさがあり、どこか不自然な雰囲気を放っていた。

あの日から、わたしは人間じゃなくなったの。

ある日のこと、仁蔵の行商先の村で少女が行方不明となる事件が起きた。そして、数日後、村人たちは仁蔵の手荷物から見慣れぬ人形を発見する。その人形に彫られたのは、行方不明の少女の姿だった。村人は恐れおののき、仁蔵を追放した。しかし、それは始まりにすぎなかった――。

仁蔵が収集したあの不気味な品々は、実は生身の人間を石化させた「呪われし品」だったのだ。昔、この一帯に棲息していた狸が、仁蔵の奥さんを誑かし、その姿を性懲りもなく真似て人間に紛れ込んでいたのだった。しかし、誤って本物の仁蔵に気づかれ、直の目の前で打ち殺されてしまった。その復讐のため、狸の一族は人里から離れた山中で呪術を学び、人間を石化させる術を得たのだ。

そして、同族の一人が仁蔵の姿を完全に真似て村に紛れ込み、行商の口実で各地を回り呪われし品を蒐集していったのだった。博物館に並べられたのは、実は石化した人間の姿だったのだ。しかし、それで復讐は終わらず、狸たちは人里にあふれ出し、人間を石化させ続けていった。そして次第に石像の数は増え、やがて人里は石の世界へと変貌を遂げたというのだ――。


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