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古椅子の秘密:伝説の夢魔【怪談・怖い話】


殺風景な応接間に置かれた一脚のソファは、どこからともなく運ばれてきたという。ビロード地の滑らかな肌は、かつての華やかさを物語っているが、その暗い歴史は誰も知るところではない。ただ、一つわかっていることがある。それは、このソファに身を預けて眠りに就くと、いつも同じ悪夢にとりつかれるということだ。

真夜中の月明かりが窓から差し込む、この古めかしい部屋は、まるで時を止めたかのようだった。
静寂のなか、ぽつりと響く軽い音に気づいて振り返ると、そこにはびっくりするほどの光景が広がっていた。窓の外から、幼い子どもたちの手が無数にのそりはじめ、あっという間にガラス一面を覆い尽くしたのだ。生くぐらかった肌を覆う血の気の無い手のひらは、虫の這うように窓に群がる。月影がおぞましく手の陰に映り、まるでゾンビのよう不気味に蠢いている。

「あーそーぼー」威嚇するような囁きが部屋に満ちる。子どもたちの声は次第に大きくなり、耳をつんざくほどの大合唱となって響きわたった。するとそこに、別の声が加わる。「いいよ」と傍らで答える人物の声。恐怖に打ち震える間もなく、無数の手に身体が引っ張られ、意識が遠のく──。

夢から覚めた私は、冷や汗に顔を染めていた。

「この椅子、呪われてんじゃねえか?」私は友人に尋ねた。友人は困ったように顔を掻きながらこう答えた。「でも、じいちゃんの形見なんだ。処分したくても捨てられない」そうだ、この椅子には重い歴史があったのだ。だが、私には理解できなかった。「そもそも、誰がそんな怖い椅子に座りたがるんだ?」友人の答えは、意外だった。「座り心地がいいからさ。ただ、うたた寝をしないよう気をつければ大丈夫さ」

私の不思議はそこで解けたわけではなかった。いったい、この夢の意味は何なのか? 子どもたちの姿は何を表しているのか? そして、彼らの声に答えた者とは一体誰なのか?

後日談

あの夢から数年が経った。友人の家を訪れた際、私の目に飛び込んできたのは、応接間にずらりと並ぶ椅子の数々だった。一つ一つの表情は、かつて見たあの恐ろしい夢を髣髴とさせるものばかりだった。

「ちょっと待ってくれ。これらは一体なんだ?」私は友人に尋ねた。友人は恐る恐る、その椅子たちの秘密を明かしはじめた。「実はこれらの椅子、みんな私の先祖が呪って作ったものなんだ」

なんと、友人の先祖は魔術師だったというのだ。そして彼は、この世に送り返された魂を椅子に閉じ込め、永遠に宿らせていたのだという。それは生者とも死者とも呼べぬ存在だった。夢で目にした子どもたちの群れは、まさにこの椅子に閉じ込められた魂の姿だったのだ。そして、私の傍らで子どもたちに返事をしていた声は、魔術師自身の物だったに違いない。

このとんでもない真実に私は言葉を失った。しかし、それ以上に恐ろしかったのは、友人の次の一言だった。「お前も、あの椅子に座って夢を見たんだから、もうお前の魂も椅子に取り込まれている」

人々は決して気づくことのできない、永遠に満たされぬ孤独の中で、魂は椅子の内に閉じ込められ続けるのだという。私も、いつか椅子となって他者を虜にしていく運命にあるのかもしれない。この恐ろしい真実に、私の背筋は今も凍りつく。


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