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■幽霊坊主の怨恨【怪談・怖い話】

房州の海岸に一人の若い漁師が住んでいた。

江戸時代の終わり頃、房州の小さな漁村に、壮年の漁師がひとり住んでいました。ある日の夕暮れ時、妻が赤子の面倒を見ながら夕食の支度をしていると、いつの間にか汚れた坊主が家の外を覗き込んでいるのに気づきました。

妻は坊主が施しを求めにきたのだろうと思い、おむすびを用意して持っていきましたが、坊主は横目で見るだけで手を伸ばしません。そこで銭を差し出しますが、坊主はそれをも無視しました。妻は不気味な坊主に怯え、急いで家の中に逃げ込みました。

夜が更けるにつれ、外は嵐になり荒波が家の前で砕けるようになりました。坊主はそのまま動かず、まるで影のようにじっと立っています。怖くなった妻は隣家に助けを求めようとしましたが、そこへ漁師たちが帰ってきました。事情を話すと、彼らは坊主を取り囲み、ついには海に投げ捨ててしまいました。

その後、夫が帰宅すると妻は出来事を話しました。夫は気になって磯を見に行きましたが、ただ荒れ狂う大波だけが見えました。

深夜、悲痛な声が外から聞こえてきます。「おうい、おうい」妻の泣き声と、赤子の啼き声が重なって響いてきました。驚いた夫が外を見ると、岩の上に坊主の姿があり、濡れた法衣の中から家の方を指さしています。妻子に何かあったのでしょうか。夫が問い詰めると、坊主は嘲笑を浮かべてそのまま海に飛び込んでいきました。

家に駆け込むと、妻は赤子を抱いて青ざめた顔で茫然と座っていました。赤子は冷たくなっており、この世の子ではなくなっていたのです。

漁師一家はこの出来事に心を痛め、翌年から毎年この時期になると、亡くなった赤子の供養をするようになりました。しかし、後を絶たない災いに見舞われ、この家は徐々に疫病や事故に見舞われるようになります。

ある年、この一家の何代目かの子孫が、過去の出来事について調べていく中で、ある事実が判明しました。かつて坊主が訪れた日は、まさに百年前に起きた大鎌倉山噴火から一年の日だったのです。坊主はその大噴火の際に、多くの巡礼者や僧侶とともに火山の火口に飲み込まれた怨霊だったのです。

火山の奥底で太古の怨念と共に閉じ込められていた坊主の亡霊が、たまたま奇跡的に外の世界へと漏れ出したことで、あの怨霊坊主現象が起きたのだと判明しました。坊主が指差した先には、当時の人々が知る由もなかった火山の魂の入り口があったのです。現在も尚、火山の怨霊たちが逃げ出さないよう、この一族の面々が代々火口の封印を守り続けているのだとか。因習的な供養の意味がそこにあったのです。

かくして海岸の小さな家に渦巻く、太古の因縁の深さが明らかになったのでした。


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