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古い引き戸に刻まれた記憶【怪談・怖い話】


知人の家には、ちょっと変わった特徴がある。

玄関が二つあるのだ。一つは普通のドア。もう一つは古い引き戸で、星のような放射状の模様がある型板ガラスを使っている。この引き戸は、開け閉めするたびにガラガラとうるさい音を立てる。ドアが二つあると聞くと、二世帯住宅を思い浮かべるかもしれないが、彼女の家は普通の一軒家だ。

「なんで玄関が二つもあるの?」と尋ねた私に、彼女は「死んだ人が訪ねてくるからだよ」と平然と答えた。集落で死人が出ると、その初七日から四十九日が終わるまでの間に、彼女の家に故人が訪ねてくるというのだ。

夜明けの訪問者

その訪問は夜明け頃や夕方が多いらしい。薄暗い中、引き戸をガシャガシャと叩く音がする。見に行くと、ガラスの向こうに人影が立っている。型板ガラス越しなので細部は分からないが、ぼんやりとした人型の影がじっと立っているのだ。ねじ締り錠を回して引き戸を開けると、そこには誰もいない。ついさっきまで人影があったはずなのに。

「そのあとは?」と聞くと、「亡くなった人の家に電話して、来たよーって連絡する」と彼女は言う。理由はよく分からないが、どうやらその地域では死者が彼女の家を訪れることが、死者を送る一連の手順に含まれているらしい。死んでから四十九日を終えるまでの間に、彼女の家を訪れることで、迷わず向こうへ旅立てるという風習があるのだ。

古い玄関の秘密

この風習のため、古い家を壊すときも祖父母の希望で引き戸を残したという。それが元々の玄関で、新しい家を建てる際にも新しい玄関を作った。彼女は、「ドアのほうには来ないんだ。古いほうだけ」と言う。昔は普通の客も死者もその引き戸から来たので、区別ができなかった。今は普通の客はドアのほうに来るので分かりやすいそうだ。

「昔は嫌だったなー、お客さんが来るの。おばけかどうか、開けるまで分かんないんだよ」と彼女は言う。確かに、見えなくても、いなかろうが、そこにいるかもしれないという思いは不気味だ。訪ねてくるのが本当に故人なのか、その正体は謎のままだ。実はまったく無関係な別の何かである可能性も否定できない。

鍵の話

この話に関連して、鍵の話も聞いた。件の玄関に取り付けられているねじ締り錠は、常にかけておかなければならないという。幼いころから、彼女は耳にタコができるくらいしつこくそう言い聞かされてきた。人が来たときだけ開けて、用が済んだらすぐ締める。開けっ放しにしておいてはいけない。必ず内の人間が開けるようにしておくこと。理由は「そうじゃないとね、入ってきちゃうから」。

このような風習が生まれた背景には、いくつかの興味深い歴史的トリビアや雑学が絡んでいる。例えば、日本の多くの地域では死者の魂が未練を残さずに旅立てるように、特定の儀式や習慣が存在する。これは、日本独自の死生観や祖先崇拝の影響を強く受けている。古くから、死者の霊が家族や集落の人々を守り続けるという信念が根付いていた。

歴史的背景と死生観

日本の死生観は、仏教や神道の影響を受けている。特に、四十九日は仏教の考え方に基づいており、死者の魂が浄土に到達するまでの期間を指す。この期間中、遺族は供養を行い、死者が無事に成仏できるよう祈る。これは鎌倉時代から続く習慣であり、浄土宗や真言宗などの影響を受けている。死者が現世に留まらないようにするための一連の儀式が、地域ごとに異なる形で残っている。

知人の家の風習も、こうした歴史的背景の一環として存在しているのかもしれない。特に古い集落では、伝統的な習慣や儀式が強く守られていることが多い。死者が家を訪れるという風習は、もしかするとその集落だけの特別なものであり、その由来や理由は集落の歴史や言い伝えに根ざしているのだろう。

興味深いエピソード

興味深いことに、他の地域にも似たような習慣が存在する。例えば、アイルランドでは「ケルティック・ウィスパー」と呼ばれる風習があり、死者の魂が家を訪れる際に特定の音や現象が起こるとされている。こうした現象は、世界中の様々な文化で見られる共通のテーマであり、人々が死後の世界や霊的な存在に対して持つ畏敬の念を示している。

日本でも、古い家には「招霊(おがたま)の木」と呼ばれる木が植えられていることがある。これは、死者の霊を招き、家族を守るとされている木で、特に古い家や神社に見られる。このような風習や信仰は、人々が死者を敬い、その霊を大切にする心を表している。

後日談

それから数ヶ月後、彼女の家に再び訪れる機会があった。その日は特に何も起こらないだろうと思っていたが、夕方になると、また引き戸を叩く音がした。彼女と顔を見合わせ、無言で引き戸のほうに向かった。

「今回は誰だろう?」と小声で囁いたが、彼女は黙って引き戸を見つめていた。型板ガラスの向こうには、やはりぼんやりとした人影が見える。ねじ締り錠を回し、引き戸を開けると、そこには誰もいなかった。

しかし、今回はいつもと違っていた。玄関の外に一枚の古びた手紙が置かれていたのだ。手紙を拾い上げ、中を開いてみると、そこには「ありがとう」とだけ書かれていた。

驚いた私たちは、集落の古老に話を聞きに行った。古老は手紙を見て驚き、静かに語り始めた。
「この手紙は、お前たちの祖先が書いたものだ。かつてこの家の主人が、集落を救った英雄だった。その魂が感謝の気持ちを伝えるために戻ってきたのだろう。」

彼女はその話を聞いて涙を浮かべた。家に戻ると、彼女は手紙を大切に保管し、引き戸の前に小さな祭壇を設けた。そしてその夜から、不思議な訪問はぴたりと止んだ。

この出来事がきっかけで、彼女は集落の歴史をもっと知りたいと思うようになった。古老たちの話を聞き、家の古い文献を調べる中で、彼女は自分の家族が代々この地を守り続けてきたことを知った。そして、その使命を受け継ぐ決意を固めた。

それ以来、彼女の家は集落の人々にとって特別な場所となり、古い引き戸も大切にされ続けた。死者を迎える家としての役割を果たしながら、新たな歴史を紡いでいったのだった。

(了)


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