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古家の亡霊【怪談・怖い話】


懐かしくも恐ろしい思い出が蘇る。

忘れられない古い記憶がある。幼い頃の出来事だという。まだ未就学児の小さな私は、実家の二階の廊下を歩いていた。新しい家ではなく、建て替え前の古い実家だ。

この家は昭和初期に建てられた古い木造住宅で、艶やかに磨かれた板張りの長い廊下が印象的だった。右手には整然と並んだ障子戸、左手の窓からは日本庭園を眺めることができた。まっすぐに伸びる廊下は突き当たりで右に曲がっており、その先は見えなかった。

私は障子戸の一つを勝手に開けてしまう。そこには二間続きの広い和室があり、その奥で一人の女性が首をくくって吊り下がっていた。女性はこちらに背を向けていたが、滝のように流れ落ちる艶やかな黒髪が印象深い。牡丹の華やかな晴れ着を着て、両足を紐で縛られている。ほどけた帯は畳の上に落ちており、倒れた踏み台からは軋む音が響いていた。

あの時の光景が、今でも鮮明に思い出される。しかし、その前後の記憶は全くない。なぜあのような状況になったのか、その後どうなったのかは覚えていない。突然その場面を思い出すだけで、その経緯や結末は分からないのだ。

怖くはないが、不思議な懐かしさを覚える。

不気味な光景を思い出す度に、何故か懐かしい気持ちになる。「そういえばあんなこともあったな」という感覚だそうだ。首吊りの記憶を懐かしむのは変な話だろう。一般的には怖いか、悲しい記憶になるはずだ。

しかし、私には誰かの死を目撃したという認識がなかった。あの女性は生身の人間ではなく、幽霊だったのかもしれない。古い実家には昔から「晴れ着の幽霊」が出るという噂があり、その家は新築当時から怪談がつきまとっていたそうだ。

「きっと私は小さい頃に、その幽霊を見てしまったんだと思う。だから怖くも悲しくもなく、ただ懐かしい思い出になっているんじゃないかな」

新居にも亡霊は移り住んだのか?

実家は後に建て替えられたが、新しい家でも様々な怪奇現象が起きているという。特に二階の一室では、夜になると"ぎい"という物音が頻繁に聞こえるそうだ。まるで、あの首吊りの女性の亡霊が、今度は新居にまで移り住んだかのようだ。

私が記憶している幽霊の正体は分からない。しかし、あの不思議な思い出は、今も私の中で生き続けている。時折無意識のうちに蘇り、懐かしい気持ちと共に、妙な不安をもたらすのだ。


後日談

数年後、彼女は両親から衝撃的な事実を告げられた。あの「晴れ着の幽霊」は、実在した祖母の姿だったのだ。

実家が新築された大正時代、家族はある悲しい出来事に見舞われていた。祖母は夫の虐待に耐えかねて自殺を図ったが、間一髪のところで発見され命は取り留めた。しかし、その後もうつ病に襲われ、ついに首吊り自殺を遂げてしまう。遺体が発見された場所は、まさに彼女の記憶の中の和室だったのだ。

両親は事実を隠し続けていたが、遺品の整理中に遺書が出てきたことから真相が明らかになった。遺書には祖母の最期の言葉が綴られており、そこには娘たちへの哀切な気持ちが込められていた。

「あの時見た幽霊は、実は祖母自身だったのか...」彼女は戦慄した。懐かしい思い出として心に残っていた記憶は、かつて家族に起きた悲劇の残像だったのである。

建て替えられた現在の家で、亡き祖母の怨念が家鳴りとなって響くのは、やはり偶然ではなかった。時を経ても祟り続ける亡霊の哀しみは、娘や孫の代まで引き継がれていたのだ。


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