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無情の介護【怪談・怖い話】

ある日の朝。

デイサービスの通所介護に向かう途中、利用者の方が自宅玄関前で待っていらっしゃるのを見かけた。認知症の症状が重く、時折外出し過ぎる方だった。

「まだデイサービスの時間ではありませんよ」

私は親しみを込めて声をかける。

「お家の中で待っていてくださいね」

「そうだな。じゃ、後で行くわ」

普段の彼女ならそう答えるはずだった。

職場に戻ると、上司から一報が入っていた。

「あの桐越さん、昨晩他界されたそうです」

医療機関からの連絡とのこと。私は戸惑いを隠せなかった。

「さっき、話しかけたのに。私が玄関で合ったのは、薄れゆく魂だったのだろうか」

一同が冷めた視線で私を見る。事実のように語る私に違和感を覚えたのだろう。だが、私は目撃したことを決して忘れない。

その日、他の利用者を乗せた車から、桐越さんの自宅を通り過ぎると、確かに桐越さんの姿があった。

運転手も同様に目撃し、車を止める。しかし、駆け寄ってみると姿は見えず、家族の方が玄関から出てこられた。

桐越さんの魂は、そこに立ち尽くしていた。

それから数週間が過ぎ、世間では桐越さんの死に関する噂が広まっていった。

かつて桐越さんが通っていたデイサービスの施設では、彼女の姿を頻繁に目撃する職員が出現した。

誰かが「桐越さんが帰ってきた」と囁くと、みんなが恐れおののいた。

ある日のこと、私は施設の浴室で奇妙な出来事に遭遇した。シャワーの水が突然赤く濁ったのだ。そして鏡越しに、狂気じみた表情でこちらを見つめる桐越さんの影。その姿は徐々に濃くなり、私は絶叫して気を失った。

待っていろ、私はまだここにいる。お前たちがあの世に来るまで。

施設は急きょ休館となった。桐越さんの怨念は晴れぬままだった。嘆くべき運命か、それとも報われるべき最期の望みか。私たちには分からなかった。

一つだけ確かなことがある。桐越さんの魂は、デイサービスセンターをさまよい続けているのだ。


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