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夜汽車での話【稲川淳二オマージュ】

番組で網走の流氷を撮りにいこうという事になりましてね。

カメラマンとクルーの人は先に現地へ行って、わたしとディレクターは後から夜汽車に乗っていくという事になったんです。それというのも、わたしが汽車から降りる朝のシーンからはじめたいっていうんです。それなので、気のあうディレクターと二人で、北海道の夜汽車に揺られて網走へ向かったわけです。

その夜汽車の車両は寝台車になっていて、わたしとディレクターの他には中年の女性と思われる履物が見える位。三人しかいないんですね。その女性も先におやすみになっている。それで、眠くはないけどやることもないし、二人でもってチビチビお酒を飲みながら話してたんですよ。

しばらくすると車両のドアが開く音がして、我々のところを若い女の子二人が通りすぎていったんですね。わたし達の前をすれ違う時に、女の子がヒョイとこっちを向いてわたしと目があったんです。そしたら、「あ!稲川さんだー!」っていうんで、わたしも「こんばんは!」って挨拶をしたんです。

すると、ディレクターが、彼女達に声をかけたんですね。
ディレクター「君らどこに行くの?」
女の子「流氷を見にいくんです」
ディレクター「あーそうなんだ。俺達も流氷ロケに行くんだよ」
なんて話しをして、ディレクターが、ここに来て一緒に話しでもしていかないか?って声をかけたんです。こっちも暇ですしね。そして、その女の子達二人とわたし達二人の四人で話しがはじまったわけですね。

色々と話しているうちに、一人の女の子が、「稲川さん、実はわたし達四人で来る予定だったんです。それが、二人が来れなくなっちゃって、わたし達二人で来たんです」っていうんですよ。

来れなくなっちゃったっていうのはどういう事だろう?って思ったんで、わたし、色々と話しを聞いてみたんですね。君はどういうグループなんだ?って聞いてみたら、大阪や奈良、京都とか関西の旅行好きな女の子達で、旅先でそれぞれが知り合って、それでグループが出来たっていうんですね。それで、四人でよく旅をするようになったそうなんです。

若い子達の間で流行っているらしいんですがね、普通の案内所ではなく、よく観光地に行くと土産物やさんがありますよね?そこのガリ版刷りの情報を見て旅をするそうなんですね。どこどこの民宿に行くとこうだったとか、こういうおばあちゃんが居て、こんなのを作って貰ったよとか、こんな美味しいものがあるんだよとかいう……

それを参考に旅をすると、安くて楽しくて、その土地の人や宿の人と仲良くなれて、楽しく旅が出来るというんですね。まあ、なかなかツウなんですがね。

ある時仲間内の一人が持ってきたのが、島根県のほうの日本海に面した旅館というか民宿の案内だったそうですよ。それで行こうっていう話しが四人でまとまったんですが、今回流氷を見に来ていた女の子二人は、会社の都合でどうしても行けなくなっちゃった。それなら、わたし達二人で行ってくるよ!お土産買ってくるね!なんて話しで二人は出かけたそうなんです。

駅について、タクシーに乗って、ついた場所っていうのが、街から離れた高台で、遠くに海が見える場所だったそうなんです。宿は自体はドッシリとて、木造で瓦屋の大きな建物で。厚い板の看板もあって。
「あー!歴史があるんだなあ!」なんて思いながら、車を降りて二人は玄関に行ったんですね。

すると、中年の女性二人が待っていてくれて「ようこそいらっしゃいました。ご苦労様です」って迎えてくれたそうです。
「お世話になります!」とひと通り挨拶を済ませると、おばさん達が自分達の荷物を持って奥に入っていくので、自分達もそれに続いたんですね。
「こちらのお部屋です」と案内された部屋は、和室のゆったりとした部屋だったそうです。

「お疲れでしょうし、汗もかいたでしょうから、よかったらお風呂でもどうぞ。もう準備はできてますから」とおばさんが言うので、「でわ、早速いただきます」
「わたし先にお風呂入っちゃうよ?」と一人の女の子が、お風呂に入る用意をして、先にお風呂へ向かったんですね。
長い廊下があって、その廊下を渡っていくと風呂場があるんです。廊下を渡っていると、誰かが自分を見ているような視線を感じたものですから、立ち止まって周りを見ると、台所にある格子窓の間から、片方の目がジーっと見ているんだそうですよ。でも田舎の人だから、きっと自分達の行動を見ていて次の準備をしようと思ってるんだろうなあと思った。

なんだろうなあと思いながらも、また風呂場へ向かって歩いて行くと、「ぎぁあああああああ!」という悲鳴がしたんです。

ツレの女の子の声だからびっくりして、部屋に向かって走っていったんですね。それで部屋に着いて、ツレの女の子に「どうしたの?」と聞くと、ツレの女の子がガタガタ震えて、「やめよう、ここやめよう、ねえここやめよう。ねえもう帰ろう」って言うんですね。
「なにいってるのよ!あんた!」と言っても、「ここだめ!ここだめだから!帰ろう。ねえ、やめよう」 目に涙を溜めながら、もうここはやめようとツレの女の子は繰り返すばかり。「なにを言ってるのよ!きたばっかりじゃない!」

すると、「どうしました?どうかなさいましたか?」と後ろで声がする。見てみると、おばさんが立っています。
「いえ、すみません。なんもないんです。この子、こんな声あげちゃってすみません」と取り繕って返事をすると「そうですか……じゃあどうも」っておばさんは帰っていった。

「ほら、あんたが変な声をあげるもんだから!おばさん心配してきちゃったじゃない!なんだったのよ?」
「わたしが何気なく庭を見ていたら、おばさんが庭を突っ切っていったの。それで、何の気なしにそれを目で追ってたら、途中でおばちゃんが透けちゃったのよ!それでまた元に戻っていったの……絶対あの人生きてる人じゃない!あの人この世のもんじゃない!ねえ、絶対違うから!嫌だから帰ろう!気味悪いし、こわいから帰ろうよ.……他に行こう?」
「なーに言ってるのよ!今ここに来たおばちゃん普通のおばちゃんだったじゃないの!ただの見間違いに決まってるじゃない」と、またお風呂に行っちゃったんですね。

「いいお湯だった~どうする?お風呂入っちゃう?」
「わたしもお風呂入ろうかなあ.……」
「それなら、わたしはどうしようかなあ?雑誌もないし、テレビもないし、電話も繋がらないし……じゃあ、わたしあなたがお風呂に入っている間に街に出て、小さなインスタントカメラと雑誌買ってくるよ!それで、あなたのお家にも着いたよって変わりに電話しておくよ!」
「うん。それじゃあお願いするねー!」

それで、先にお風呂に入った子は宿の近くのガソリンスタンドでタクシーを呼んでもらって、街に出かけたんですね。来る時はもっと近いと思ったんですけど、宿から街までは意外と距離があったんですね。

街へついて、あれ欲しいなあこれ欲しいなあ……なんて色々寄り道しながら見てたもんだから結構時間が経ってたんですね。夏ですから、夕方になっても暗くならないし、時間が経つのが気にならなかったんでしょう。

フッと見上げてみたら、だいぶ日が傾いている。それで、時間を見ると、もういい時間。 あ!いけない!すっかり長居しちゃったわ……早く帰らなきゃ! タクシーを停めて、旅館の場所を伝えた。すると、運転手さんが「あー?そんな旅館あったかなあ……?」って言うんです。
「ありますよ!わたし泊まってますから!」
「うーん……どこだろうな?」
「ここをずっとのぼっていって、ガソリンスタンドのあたりです」
「あったかなあ……」
「じゃあ、もうわたし案内しますから、連れていってもらってもいいですか?」

それでタクシーに乗せてもらって、タクシーが走りはじめた。そしてガソリンスタンドが見えてきた。だいぶ、あたりは暗くなってきている。
「ああ……随分遅くなっちゃったな……悪い事したなあ……」と思っていたら、車が急に止まったんです。
「おかしいなあ……ここは昔やってたようだけど、今はやってるっては聞いた事ないけどなあ……親類の人が来て、またやりはじめたのかなあ……」って運転手さんが言うんです。

「なに?運転手さん?」
「あんたのいう旅館はここだよ……」
運転手さんが言うのでみてみると、鬱蒼とした雑草が生い茂ってる。看板は傾いている。随分古い建物がむこうにある。
「違うよ!運転手さん!ここじゃないよ!」
「いや、あんたの言うところはここしかないよ。ここから先には一軒も旅館はないんだよ……わたしはこの先をずっと行って、Uターンして戻ってくるんだから」

おかしいなあと思いながら改めて見てみると、確かに看板は間違っていない。でも自分が宿に着いた時の看板はきちんとくっついていて、しっかりしたものだった。庭も綺麗だったのに、鬱蒼と草が茂ってっている。これは気のせいかな……それとも暗くなったから、はっきりみえないせいなんだろうか……なんて事を女の子は思ってたんですね。

それで草の間を縫うようにして玄関まで行くと、玄関のドアは開いているけど電気もついてなくて真っ暗なんです。もうそろそろ電気がついてもいい時間だけども電気はついていない。いやだ……この中随分暗いなあ……と思いながらも中へ入って行ったんですよ。

「今帰ったよー!」と友達に呼びかけたんですが、返事はない。部屋の中にも友達はいない。あれ?どこに行ったんだろう……今帰ったよー!とまた呼びかけても返事はない。
すると、「おかえりなさい」という声がした。

ふっと後ろを見ると、宿のおばさんが立っているんです。
「すみません……友達がいないんですけど……どこかわかりますか?」
「あの、お連れ様でしたらお食事であちらにいらしています」
「ここでご飯を食べるんじゃないんですか?」
「そうです。どうぞ、こちらのほうへ」
女の子は案内されて、おばさんに着いていった。案内された部屋に着くと、薄暗い部屋に箱膳がポツンと二つ置かれている。その片方に友達が座っている。

「今帰ったよ!」と声をかけても、こっちをむこうともしない。
「ねえ!今帰ったよ!ねえ!何怒ってるの?」また声をかけても返事はない。「やだもお!怒らないでよー!」とポンと友達を押したら、友達がフラーっと動いたんですね……そして、そのまま倒れた。「やだ!もうやめてよ!そういうの!」 目をあけたまま、友達は動かない。

「おばちゃん……友達がおかしい……ねえ、おばちゃんおかしい……」
「ちょっとしっかりしてよ!なにしてるの!しっかりしてー!!!!」
「おばちゃん、おかしい友達がおかしい……」と、言いながらふっと思った。客が倒れてこんな異常な状態なのに、おばちゃんは普通の状態で、じーっとこちらを見ている。

嘘だ!って思いながらも、「しっかりしてよー!」って友達にまた声をかける。でも、目は開かれたままで、瞳孔が開いている……
「おばちゃん!この子死んでる……」

するとおばちゃんが全然顔色を変えないまま近づいてきて……
「今度はあんたの番だねえ……」と言った。ぎゃあああああああああああ! と叫びながら逃げ出すと、「待ちなさい。待ちなさい」とおばさんが追いかけてくる。すると、もうひとりのおばさんもどこからかやってきて、目の前で手を広げたもんで、どうにかこうにかその間をすり抜けて宿を飛び出したんですね。

そうすると、ちょうど先ほど自分が乗ってきたタクシーが、ライトをつけて戻ってくるのが見えた。「助けてーおじさん助けてー!」
すると、ポンとドアがあいたんですけど、車は止まらない…… ゆっくり走るんだけど、追いつこうとするとまたスピードをあげる。それで、どうにかこうにか、ようやくタクシーに乗ると、扉がしまった。

運転手さんは真っ青な顔をしている。「おじさん、おじさんおじさーん……」女の子はたまらなくなって泣きだした。すると、運転手さんが『あんたが走ってくる後ろからなあ、大きな人魂が追ってくるのが見えたんだよ…… おかしいと思ったんだ。あんたを降ろした後、思い出したんだが、あの旅館はとうの昔に廃業しているんだよ。 あそこは、姉妹で旅館をやってたんだけど、そこに強盗か何かが入って姉妹は殺されてしまっているんだよ……』 と言ったそうなんです。

その後警察も捜査に来て、お友達は遺体で発見されたそうです。死因は突発性の心筋梗塞か何かだったそうなんですが、警察も不思議がっていたそうですよ。若い女性二人が、なんであんな廃墟の旅館に行ったのか、そこで何があったのかを…… 助かった女性も結局精神を病んでしまって、旅行に行くのもやめてしまったそうです。

こんなお話しを夜汽車の中で聞かせて貰いましたよ。

(了)


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今後とご贔屓のほどお願い申し上げます。